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水深800メートルのシューベルト|第457話

「君のボスに何て説明しようか? 『アシェルはとっても良かったわよ』とでも言う? そしたら、あいつも私を買うかもね」
 無邪気な声ではしゃぐ彼女を、殴りつけたい衝動に駆られた。しかし、車を停めてある廃工場の跡が見えたので、足早にそこに向かった。からかうような「ピーピー」という口笛の音に、僕は真っ赤になって下を向いて、車のドアを開けた。

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 冬学期が終わって、春休みになった。僕は、バスのガソリンの臭いの間に混じった若葉の香りを感じ取った。
寒気と湿気に悩まされた季節が過ぎ、『仕事』も全然なくなったこともあって、僕は開放的な気分になり、このままどこへでも行けそうな気がしていた。

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