水深800メートルのシューベルト|第1110話
「しかし、芸術があるじゃないですか」
大尉の言葉が何を指すのか分からずにいると「ピアノですよ」とつけ加えてきた。
「ああ、あれはおもちゃですよ」
「おもちゃであっても、音楽は弾けるでしょう?」
「バッテリーは外しています。以前音を立ててしまったので」
「君は、あれで有名になったのでしたね」
彼は懐かしそうに微笑むと、背を向けて棚の中を探りだした。しばらくして振り向くと、握った手を差し出してきた。
「トリプルAのバッテリーで良かったかな?」
手のひらには小さな乾電池があった。