水深８００メートルのシューベルト｜第８５８話
彼女は僕の返答を待たずに続けた。
「あなたの住んでいる家を引き払ってさ。サンディエゴに行きましょう。恋人が出てくるまでの間だけでもいい。アビアナの人生の最初の貴重な数年間を、優しい父親と共に過ごさせてあげたいの。私も軍に残るつもりだから、洋上勤務だと、家にいつもは居てあげられない。信用できるかどうかわからないシッターや年老いた叔母にばかり任せるのは不都合なの」
困っているのは本当だろうが嘘が混ざっている、と思った。僕なんかいなくても、きっとトリーシャなら子どもを立派に育ててゆける。多分、僕に同情してこんな申し出を……。心に針がチクチクと刺さるようだった。