水深800メートルのシューベルト|第217話
「私、コリーニと別れたの」
我慢しきれなくなったのか。とうとう口を開いた。その顔は、齧ったオレンジが予想外に苦かった時のようだった。
「あの人……、やっぱり会計士は冷たいわね。決断力はないし、男らしくなかったわ。その点、あなたのパパのジョーンズは短気な所はあったけど――誰でも怒りっぽくはなる時はあるわよね――コリーニとは違って男気があって情熱的だったわ。こうと決めたら行動も早かったし。怒りっぽいのはお酒が悪かったのよね」
昔を懐かしむように、表情をうっとりとさせていた。それも長くは続かなかった。
「あなたを引き取って育てましょ、ってコリーニに提案したの。それなのにあいつったら、引き取るどころか、自分の子どもさえ費用が掛かるからって作るのを渋ったのよ、どう思う?」
彼女の表情に憎しみの色が浮かんでいた。