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水深800メートルのシューベルト|第558話

 彼は、僕に向かって微かに頭を動かしたようだったが、彼と関りたくはなかった。僕の罪、恐怖、別離に締め上げられる気持ちは誰にもわかってもらえない。バスに乗って帰ろう、そう思って芝生を傷めつけながら、足早にそこに向かった。


 バス停には、客のいないバスが一台停まっていて、運転手も外からは見えなかった。バス停にも誰もいなかった――ただ一人を除いて。


 アスファルトの歩道に出ると、ずっと僕に視線を向けていた男が光った。薄いグレーのスーツにネクタイ姿の男だった。

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