水深800メートルのシューベルト|第680話
「ほら、引け!」
「ウーラー!」
教官の合図に従って、両足を広げて踏ん張り、ロープを持つ手に力を込めた。縄が手のひらに食い込んですぐにヒリヒリとしたが、お構いなく動かないロープを引いた。艦船は当然のごとく一ミリも動かなかった。それは当たり前だった。水に浮いているわけでもない、模擬の艦だから。
はじめはそう言った白けた気持ちで引いていたものの、みんなの張り叫ぶような声や教官の「もっと力を入れて引け! 接岸できないぞ! トルコ人は船で山を越えたぞ!」といった煽る文句を聞いていると、動くとか動かないとかはどうでもよくなってきた。気分が高揚し、手の痛みも気にならなくなって、ひたすら汗で縄が滑るのに腹を立てながら体を後ろに倒して、一歩でも下がろうとした。