水深800メートルのシューベルト|第11話
「ゲイル先生殿。ご心配をおかけして申し訳ない。私、アシェル・スコットは過呼吸に見舞われましたが、今は、まったくもって元気であります」
そう言うと、肩を押えている手を押しのけて軍医に右手を差し出した。彼は、如才なく冷然とした笑みを浮かべたまま僕と握手すると
「回復したかね。ではゆっくりと休みたまえ。私はこれで」
と、手を振りほどいて立ち上がった。
「軍医殿、ありがとうございます。このご恩は一生……」
背を向けた彼を追うとして上半身を起こしかけたが、肩を再び強い力で押さえつけられ、再びベッドに仰向けにさせられた。遠くで愉快なロバートが先生を引き留めてくれている。そうだ、まだ礼を尽くしていない。
「あいつ、ちょっと変ですぜ」
彼は、僕の軽妙な話しぶりを称賛しているようだ。
「ジアゼパムでハイになっただけだ。事故の怪我人の手当てがあるから。任せたぞ」
次のパーティーにはご馳走が待っているのか、先生は宴の誘いを丁重だが毅然とした態度で断り、足早に立ち去った。