水深800メートルのシューベルト|第190話
僕は何も言わずに冷蔵庫からグリーンのボトルを取り出すと、それをコップになみなみと注いだ。
「勿論、食費だけではなくて、他の費用やお礼なども……」
ママが粘っこい話し方をしているのが聞こえてきた。
「いえ、お金の問題じゃありません。それにそんなお金……失礼ですが……、そんなお金があるなら、一体どうして」
「コリーニが約束してくれましたの。ほら通夜に一緒にいた。私、彼と一緒に暮らすことになって……」
「まあ、それはそれは……」
オリビアさんは、そこで口をつぐんだ。
僕は、あの眼鏡のおじさんの顔を思いだそうとした。きれいに尖った髪、灰色の皺の無い服、光る眼鏡の縁は、立派な大人だったと思う。しかし、僕やママと暮らすかもしれないおじさんの顔を思い出すことはできなかった。