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星の国

こんな夜は何を思うのでしょう

 
 かつて繁栄していた古代文明の中には数多くの謎が残されたまま消滅していったものも少なくない。
その中でも、ネメス文明のとある遺跡で一枚の石版が発見され、そこには、こう書かれていた。


「ある日、雨が降ってきた。それは神様からの贈り物。」


 今から数十年前、世界的な考古学者であるブラウン博士がその石版を見つけ、その遺跡は一躍有名となった。この遺跡で唯一文字が刻まれているのは例の石版だけで縦横12cmほどの四角形をしており、博士は何かの手がかりになるかもしれないと遺跡を調査する時には持ち歩くようにしていた。

 そんな博士はすでに御歳80を超えているのだが発見当初からこの遺跡は博士を悩ませている。まず、その年代にしては様々なものが異様に早すぎるのだという。'早すぎる'というのは、歴史的に見るとまだ発明されていないはずの電気や自動車、通信技術など、高度な科学が存在していたことをほのめかす数々の書物が見つかったのだ。

 とにかく毎日ありえないものが発見されていき、学者たちはどう考えても説明がつかないとお手上げだった。挙句の果てには、この遺跡は現代アートとして作られたのではないかという者もいた。しかし、それだと矛盾することが出てくる。炭素年代測定によると、確かにこの遺跡は紀元前4000年頃のもので、その頃と言えば世界最古の文明として知られるシュメール文明の少し前の時代になる。歴史上初めて文字が発明されたのがシュメールの時代だというのに、その前の時代に自動車や通信技術などが存在するはずがない。

 調べれば調べるほど不思議なことばかりで誰もが途方に暮れていた。そして調査チームは、これは何かの間違いだという結論に至り、遺跡の発掘調査は保留となった。

 様々な意見が飛び交う中、ずっと口を閉ざしていた博士はある仮説を唱えた。それは、ここに住んでいた人々は宇宙との何らかの接触があったのではないかというものだった。それを聞いた学者たちは解釈が飛躍しすぎていると呆れ返った。かつて人類が宇宙人と接触していたとなれば人類全体の問題でもあり地球の歴史を根本から揺るがす事にもなりかねない。

 しかし、博士も一般的な学説では到底説明がつかないことは重々承知だったため、苦しまぎれの説にたどり着いたのだ。ただ、どこか根拠の無い自信があった。

 その夜、星が綺麗に見えたので外に出てみると遺跡の地面がうっすらと光っていた。その地面を杖でなぞってみると光が消え、辺りは真っ暗になった。そのとき博士は一瞬夜空の星が動いたように見えた。実際に、はるか頭上でいくつもの流れ星が流れていた。すると突然、博士の体がものすごい重力でどこかに引き寄せられ、そのまま意識を失った。

 話し声が聞こえてきてぼやけた視界がだんだんと鮮明になってきた。誰かいるらしい、それも数人。聞いた事のない言語だった。起きあがった博士は自身の知りうる限りの言語でコミュニケーションを取ろうとしたが全て失敗に終わった。仕方なく歩いていると目の前に大きな岩が現れた。そこには見たことのある文字が書かれていて博士はハッとした。そこには象形文字が刻まれていたのだ。もしかするとと思い、地面に象形文字を書き出した博士のまわりに興味津々な村人たちが集まってきた。そして彼らとの奇妙な筆談が始まった。

 その人たちによると博士は草原の上に倒れていたらしく、近くの人に世話をしてもらっていたようだ。彼らと話しているうちに簡単な言葉なら理解出来るようになり、色々なことが分かってきた。

 彼らは宇宙人ではなく人間で、時代も博士が生きている時代と同じであるということ。ネメス文明で栄えた人々の子孫であるということ。そして、ここが地球の奥深い地底の国だということ。ふと博士は地球の中心には空洞があってそこに異世界が広がっているという伝説を思いだした。また驚くことに彼らの祖先は本当に宇宙人との交流があったようだった。

 かつて、彼らの住んでいた地球上の各地で激しい領土争いが繰り広げられていて特にネメス文明ではいくつもの王国が栄えていた。いつしか争いを避ける者も現れ、別の土地で暮らすようになった。その中でも彼らの祖先は、当時最強と言われていた何万もの兵力を備える王国をたったの数百人で倒した。

 なぜそんなに強かったのかというと、ある日どこからか一人の若者がその場所に立ち寄り、「戦いは避けられない」と言っていくつか知恵を授けた。それが宇宙の技術だったのだ。その後は当たり前だが、隣国との争いでは武器や戦法で圧倒した。負け知らずの彼らは戦いを挑まれると仕方なく応戦していたのだが、あまりの強さに悪魔と恐れられどこからも戦いを挑まれなくなった。そして、平和が訪れたように思えたが、恐れ慄いた他の国々は遠くの大陸へと移り住んでいった。

 高度な技術を手に入れた彼らは先進的な暮らしを送っていたが、未来の情報を知ってしまったことは良くないことなのではないかという議論が持ち上がった。賛否両論の激論が繰り広げられたのち、例の若者を呼び出すことになったのだが彼の姿はもうそこにはなかった。

 自然の摂理を超越した力を手に入れたネメス文明はやがて世界から孤立していった。案の定、衰退の路をたどることになり、ついに歴史の表舞台から姿を消した。その後は地球の中心の奥深くでひっそりと暮らすことになり、その末裔が博士の目の前にいる人々なのだという。失われていた歴史を聞いた博士は唖然としてしまった。

 彼らの祖先は未来の技術は後世に残さないと決めたようで今現在、誰もそのことは知らないとのことだ。

 しかし言い伝えによるとある伝説が残っていた。


「太古樹の葉が落ちるとき岩扉の先、恵みの雨降る」


 博士は最後の文言に引っかかり頭をかしげていた。それぞれが関係あるのかどうかは不明で、とにかく分かっているのは、太古樹と岩扉は実際に村の広場にあり数千年前から存在しているということ。

 太古樹は不思議なことに今まで一度たりとも枯れたり葉が落ちたりしたことがないそうだ。岩扉というのは、その名の通り岩でできた扉でどんな方法でも開かなかったらしい。生い茂った緑の山と灰色の巨大な壁が村の面積の半分近くを占めていて、太古樹の幹や枝はキラキラと輝いていて岩扉にも眩いばかりの装飾が施されている。これらも彼らの先祖が知り得た遥か未来の技術によるものなのだろう。

 博士が目の前で太古樹と岩扉を見たいと言うとすぐに了承された。博士が太古樹に近づき、岩扉のほうへ向かおうとすると一人の村人があっと声をあげ空を指さした。皆その方向を見ると太古樹の葉がひらひらと博士の上に落ちてきていた。村の長老も「こ、これは何事だ」と驚きを隠せない。

 博士は岩扉の前に来ると岩扉の右下にあるわずかな隙間を見つけた。まさかと思い博士は上着のポケットからいつも持ち歩いているあの石版を取り出した。そして岩扉の隙間と照らし合わせると丁度ぴったり合いそうな気がした。そのとき博士は重大なことを思いだした。と同時に、こんなことを忘れてしまっていたのかと呆れてしまった。それは、遺跡で唯一その石版に刻まれている文字の解読文だった。

「ある日、雨が降ってきた。それは神様からの贈り物。」

 これは偶然なのか必然なのか博士は知る由もなかった。長老は博士が手にしている石版を見ると突然立ち上がり、「これをどこで?」と驚いた様子で聞くと博士は事の経緯を説明した。

 長老は「もしかするとその石版が岩扉の鍵となっているのかもしれない」と言うと村は騒然となった。長老は博士に目で合図を送った。そして博士はその石版を岩扉の隙間に押し込んだ。しばらくすると扉が轟音を立ててゆっくりと開いた。扉の向こうには暗闇が光のカーテンで包まれていた。

 村人たちはすぐに扉を越えようと駆け寄ったがそれを長老が制した。何があるか分からないから少人数で扉を越えることになった。長老、村一番の力持ち、そして博士の3人が選ばれた。意を決した3人は村人たちの意志とともに扉の向こう側へと進んだ。

 未知の世界へと足を踏み入れた3人は明らかに空気が変わったのを察した。それは酸素とか窒素とかの類いの話で、その辺りのバランスが変わったように感じた。しかし息苦しさなどはなく問題なく呼吸できている。これも古代人たちの技術なのかと博士は納得した。

 ここがどこなのかは分からないが長老は「ここは地球ではない」と固唾を飲んで立ち尽くしていた。常に夜なのだが海のような青い景色が光っている。気温などは分からずじまいであった。

 言い伝えが現実になった今、博士たちは誰にも予想のできないシナリオへと前進しようとしていた。

 この星で未だに生き物に出会っていない。というよりも生物が住めないほどの環境なのかもしれない。地面から湯気のようなものが立ちこめていたり、はたまた雪のようものが降ってきたりと目まぐるしく気象が変化していた。この条件下だと微生物でさえも存在できるかどうか怪しいものである。

 いったん岩扉まで戻って村人たちにここで見たことを報告しようと来た道を歩いていると、空からバリバリと割れんばかりの音が響いてきた。次の瞬間、流れ星が流れてきた。博士はこれほどまでに美しい流れ星を見たことがなかった。そして輝く雨が降ってきた。見渡す限りまばゆい光で覆い尽くされていて、その雨粒をよく見てみると博士は直感でダイヤモンドだと分かった。おそらく流れ星もダイヤモンドでできていてそれが雨となって地上に降り注いでいるのだろう。3人は足を止めてその光景に見とれていた。

 村に戻った3人は興奮した様子でこの出来事を話した。博士はもう一つ発見したことがあった。ある日降ってきた雨が神様からの贈り物だったというのはダイヤモンドのことで、それによって栄えていたということなのだろう。太古樹の枝がキラキラしていたのはダイヤモンドでできているからで、岩扉の装飾もそれで作られているのだろうと予想できた。ネメス文明はダイヤモンドの国であったと言っても過言ではないのかもしれない。

 博士はここ数日で経験した事は考古学者にとって夢のような体験であったと後の日記に記されている。後日、太陽系のどこかの星では気圧や温度の関係でダイヤモンドの雨が降るらしいということも知り合いの学者から聞いた。

 目を覚ますと博士は地底の国から地上へと戻っていた。果たしてこれは夢だったのだろうか。上着のポケットに手を入れるとそこに石版は無く、変わりに大粒の宝石が入っていた。博士は意気揚々と遺跡の調査に戻っていった。

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