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〇蝶々喃々/小川糸

「あさりの佃煮と、こっちはおでん。
おさしみはどうかなあ、
マグロとタコにしてみたんだけど。
それから牛のタタキ、卯の花も美味しそうだったから。
焼き鳥は、まだ温かいと思う。
それで最後は乃池のあなご寿司。」

蝶々喃々

付け汁の中に入っていたつくねは、
柚子や山椒の香りがきいていて、
ふわりと柔らかく、口に含むと、
鴨の肉汁がじんわりと染み出してくる。
鴨も、しっかりと歯ごたえがあり、
噛めば噛むほど、奥から滋味が顔を出す。

蝶々喃々

どんぶりには、どこから食べていいのか途方に暮れるほど、
立派な天麩羅がこぼれ落ちそうになって入っている。
海老、穴子、烏賊のかき揚げ、獅子唐。
私は海老からかぶりついた。
サクサクでカリカリの衣にくるまれた立派な海老からは、
活きのよさが伝わってくる。
しっかりと甘辛いタレと、とてもよく合う。
箸で天麩羅をかき分け、ご飯も口に含む。

蝶々喃々

受け取った皿には薄くひき肉が広がり、
真ん中に、きれいな卵黄が一個置かれている。
私は、店の人に言われた通り、木のスプーンでよくかき混ぜた。
皿の上で少しずつひき肉と
卵黄が混ざり合い、ねんごろになっていく。

蝶々喃々

食べた瞬間、口の中で優しくほどけた。
出すぎた味が、何もない。
淡白なのに、根底にしっかりと鶏の味が踏ん張っている。
大根おろしとの相性がとてもいい。

蝶々喃々

蟹と岩茸と菊と三つ葉の和え物が、
菊模様の小皿にちょこんと盛られている。
季節の香りがぎゅっとひとつにまとまっている。
八寸は、まるで画家のパレットのように鮮やかな色彩だった。
〆鯖の黄身酢和え、枝豆の山椒煮、平茸の松葉刺し、
菊の葉の天麩羅、粟麩のしめじ和え、
さつま芋の蜜煮、どれも丁寧に作られている。
宝石を食べているようだ。とても優雅な気持ちになった。

蝶々喃々

私は白ワインを飲みながら、料理に舌鼓を打つ。
赤いお椀の蓋を開けた瞬間、ふわりと柚子の香りが立った。
「ハタの葛煮だって。焼き茄子とネギも入ってますね。」
お造りは、砕いた氷を大量に敷き詰めた平皿に、
大きな里芋の葉っぱを載せ、
その上に盛りつけて出してくれる。
「カンパチ、平目、赤烏賊か」
それからツマの穂紫蘇を手のひらでパンと叩いて香りを出した。
平目はちり酢で、カンパチと赤烏賊は土佐醤油でそれぞれ食べる。
口の中に入れた瞬間、体の中に海が広がる。

蝶々喃々

焼き物はカマスの幽庵焼きで、
一緒に、紅葉した柿の葉も添えられている。
付け合わせは秋茗荷だ。
お凌ぎには、紫蘇の実を混ぜた飯蒸しに、
柔らかく煮た穴子が載せられたものが出された。

蝶々喃々

そして今年は、お節料理もこれまでより品数を増やすことにした。
数日かけて黒豆をふっくらと炊き上げ、
数の子も丁寧に塩抜きした。
田作りに使う片口鰯は、築地まで出向いて
他の材料と一緒に良質のものを買い揃えた。
伊達巻もカマボコも、自分で作った。
楽子がイクラが好きなので多めに買って醤油漬けにする。
栗きんとんはクチナシの実を使って
色鮮やかな黄色に仕上げ、
花子が喜ぶようにしっかりと甘めに味をつける。
大根と人参を千切りにして紅白なますを作り、
隠し味に、ゆずの皮を入れる。
菊花カブは私の大好物なので、
これも少し多めにそろえる。
花蓮根は白く仕上がるようにお酢を入れて手早く煮て、
昆布巻きは、中に牛蒡と牛肉を入れて
母親の好みに合わせた。
京人参は梅型に美しく切り抜いてあっさり味に仕上げ、
絹さやの含め煮は、一本一本丁寧に筋を取り除く。
他にも、鰆の幽庵焼きや鴨のローストなど、
ひもちしそうなものをたくさん作った。

蝶々喃々


小川糸さんの料理の描写は
食事に対する愛や尊敬が感じられるなあと思う。
とても丁寧な調理をしているんじゃないかと思う。
それがいろいろなところから感じられる。



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