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ちゃんとサヨナラをしようと思う。
左胸が亡くなってだいぶ経つ。
当初は、『同時再建』という、おっぱい取る手術と同時に入れる"エキスパンダー"という器具を入れて、しばらくくぐぐーっと少しづつ皮膚を伸ばして、インプラントのお胸を入れる。
それをする予定が、術後放射線治療をするため不可に。
【落ち着いたら、新しいお胸をお迎えする】
その夢は打ち砕かれた。
ちょうど、ハーセプチン という分子標的薬中、『自家再建』なら年数待たずに再建できるよーと言われて検討していたけど…
でも私は帝王切開。
そして、同時に1番に生きがいだった南国のダンスを続けるのに、お腹から皮膚と脂肪を持っていき、動作を制限されるのは、生きがいを絶たれるようなもの。
そんなこともあり『考え中』がずっと続く。
片胸のバランスの悪さ。
見た目の切なさ。肩こりや体幹にも影響が出た。
でもね、最初は片方でいいや!むしろ、がんでいっぱいだった胸がスッキリ取れて、さっぱり!!
どんな身体も受け入れられるべき。そんな思いだった。
しかし、胸にはパラリンピックを目指せるような競技はなく、片胸ないからと言って身体障がい者にはならない。こんなにも存在感が大きい体の一部を亡くすのに…
代わりのものに入れ替えれられればいいのか。
出来ない人は片胸である不便さを、どう受け入れていけばいいのか。
いまでも乳頭がかゆい感覚とか、あるはずのない胸の一部をふと触ろうとする瞬間がある。幻視のような。感覚だけ。
それを感じると、「ちゃんとお葬式すれば良かった」と思うのです。
私の場合進行が早かったので、治療や手術への意欲や治った後の希望だけ持っていたので、すぐ再発してずっと治療して後回しにしていたこと。
胸、かわいそうに。
さようなら、ちゃんと言ってないままでした。最後に見たのは、私の両親。切り取った「がん」として。悪者として、捨て去られてしまった。(当たり前だけど。取っておかれてもびっくりするけど。)
摘出手術をした時、術後は、目の前の治療や副作用の対処で名一杯。
胸がない悲しみに襲われたのは、この先も薬を続ければ『生きていける』と状態維持の段階に慣れた頃。
以前は平気だったのに、今になって悲しい。
先日、インタビュー動画配信のために伺った『グリーフケア』では、こういった体の一部も、亡くしたものとしてケアしてもされてもいいとのこと。
亡くした想いを掻き消さず、ちゃんと悲しみ、それを持っていていいのだそう。
少し救われた気がした。
今、『喪中』をしています。
左胸に向けて、しばらくの間。