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夢の卵【一話】

〇〇の卵って言葉があると思う。

俳優の卵とか、歌手の卵とか

それぞれのなりたいものだとか、叶えたいことを頭につけ、可能性を殻の中に入れて孵化を待つのだ。

なにも職業に限った話では無い。

皆、様々な夢を殻の中に入れて、十分な発育を済ませて殻を破れる日が来るのを待って後生大事に持ち運ぶのだ。

残念ながら鳥の卵と違って、孵化できる可能性は限りなく少ない。

欲の多い人間の持つ夢というものは、一つの生命が誕生するよりも難しいものなのだろう。


だったらもし、100%の確率で孵化することの出来る卵があったとして、その中身を自由に決められるのだとしたら、君ならどんなものをその中に入れるだろう?どんなものを育てるだろう?

なりたい職業?

どうしても欲しいもの?

はたまた空想や妄想の類?

もし不死や空を飛べる体にも、未来永劫語り継がれるミュージシャンにも、世界一の大金持ちにもなれるとしたら

人は何を欲しがるんだろう。

その殻を破って飛び出した外の世界は、いつまでも飛んでいられるほどに美しいものなのだろうか

それは夢の卵を持ってみないとわからない。



    ーーーーーーーーーーーーー



ガコンッ
「いってぇ、、、」

家に帰り着いて扉を閉めた瞬間、安月給にはお似合いな古びた築42年のアパートの玄関扉にギリギリでつかまっていた錆びたポストが、会社からの帰宅で疲弊していた俺の足にトドメを刺した。

「いつかネジが取れるとは思ってたが、、このタイミングとは、、、くそ、、、」

悲しい独り言を搾り出しながら、落ちたポストと共に玄関に大量に散らばったチラシたちをかき集めていると、ピザ屋のチラシよりも満艦飾なチラシに目を奪われた。

「ん?、、なんだこれ?、、『とても幸運なアナタ!そう!アナタです!おめでとうございます!我々が造り出して作り出した!そしてアナタが創り出す!最高の商品を差し上げます!もしどんな夢でも叶えられるとしたら、アナタならどうしますか?』、、、胡散臭すぎるチラシだな、、、」

そうぼやきながらも、あまりのチラシの異質さにか、労働により蓄積された疲労のせいか、動くと激痛が走る右足のせいか、玄関に立ち止まったままでそのチラシを読み続けた。


「『なりたい職業になる?どうしても欲しかった物を手に入れる?はたまた空想の世界を創り出す!?入会金も手数料もいただきません!なんと商品の代金もタダ!今回選ばれた幸運なアナタに特別に!夢の卵をお渡しします!』か、、、うーん。さすがにヤバすぎるよなぁ、こんなものに手を出したら、、、」

しかしどこを探してもお金の掛からなそうなプラットフォームにか、それともどこを探しても楽しみの見当たらない自分の人生にか、次の瞬間には俺の頭と体はヤバすぎる選択をとっていた。


「まあまあ、最悪反社会勢力の人たちが家に押し寄せて来たとしても、築42年のボロアパートにも、残業代の出ない漆黒企業にも未練は無いし、、、な」

もし、なんでも叶えられるとしたら、俺は何がしたいんだろう

三十路を目前にしてやりたい職業なんてもう無いし、そもそもやれたとして年齢は流石にこのままだろうし

欲しい物もこれと言って無いしな

空想の世界、、か、、、

そう言えば昔から、何でも夢が叶うとしたらやってみたいことが一つあったっけ

もしこの夢の卵ってやつが他の人にも配られていて、もしくは夢を叶えるチャンスのことを知っている人がいたとして、俺の使い道を聞いたら呆れたり怒ったりするのだろうか

子供の頃から夢見てたプロ野球選手になる人もいれば

世界中からモテる容姿を手に入れる人もいるだろうし

何でもありなら死なないようにする人だっているかもしれない。


でも、俺が一つだけいつも思い描いていた空想を実現できるのだとしたら、過去に出会った、今まで出会った人たちの中でもう一度会いたい人、ついでに今でも会ってる友達とか、そう言う人たちと好きな時に好きなだけ会える、ちょっと話してバイバイして、また好きな時に会う。そんな夢の部屋が欲しかった。

その部屋は掃除をしなくてもいつでも片付いてて、俺の好きなお菓子が棚に入っててどれだけ食べてもなくならない。そして大好きなホットコーヒーが、これまたどれだけ飲んでもなくならないしどれだけ経っても冷めない状態でテーブルの上に置いてある。


その部屋の中でゆっくりと年老いていきたい。

そんなことを思っていたっけ。

そんなもんで良いんだ。

俺が欲しかったことなんてそんなもんで良かったのに、大層な夢を持っていなかったからか、そんなものさえ手に入らなかった。


散々馬鹿にしていたチラシの内容について深く考えているうちに、玄関の前で日付を跨いでしまったことに気づき急いで靴を脱いで本当の意味での帰宅を果たした俺は、今日中に、正確には昨日中にやっておかなければならなかった持ち帰り仕事を触りながら、寝るための身支度を整えていた。

結局、夢のことを考える時間なんて人生にはそんなに与えられていない。

まあ、バカなチラシのおかげで脳の休養が出来た気がした。


色々と終えてベッドに横になる。

天井を見つめながらふと口から溢れ落ちる。

「夢の卵、、ねえ、、、本当馬鹿馬鹿しい」


そして次の日、俺の家に本当馬鹿馬鹿しいものが届いたのだった。

面白く無ければいりません!!!!