異世界湖・ファンタジー① 長編ゆったりファンタジー小説@おさつまいもの化身
城も、石碑も、墓場も。何もかもが、湖に浮かんでいる。
どんなものも、水に浮かぶこの湖は、「異世界湖(イセカイコ)」そう、呼ばれている。
もともとあった名前など、もう誰も知らない。
「異世界湖って、何があるんだろう。」
幼き頃、誰しもが思うことだ。そして、その幼き心を持ったまま成人した人たち。それが、この冒険者チームである。
「よしみんな、異世界湖を探索しまくるぞ!」
・・・といっても、未だ冒険心に満ちあふれているのは、リーダーだけだが。
「異世界湖にはどんな財宝があるんでしょうね~。帰ったら遊びまくるぞぉ!」
こちら、煩悩まみれの女僧侶。ほんとに、よく僧侶に慣れたなっていうほど金への執着がすごい。
「魔獣・・・殺す殺す殺す。」
こっちは殺気立ってる兵士・・・といってもいつもはこんなに狂ってはいない。彼はお腹が空くとこうなるのだ。
「まったく、みんなもうすこし落ち着こう。な?俺のように。」
そう言って髪を揺らす彼はナルシストな薬屋。自分に自信満々だが、自作の薬にはまったく自身がない。薬はかなりの効果があるのだが。
そして私は、異世界湖唯一の住人。彼らが街を探索し始めてはや3日。湖の向こうの人達は、こんな人ばっかりなのだろうか。
私は、湖の向こう側を知らない。情報源は、稀に来る冒険者たちの会話だけ。私は、この湖の管理人。湖の平和を守るために生きている、ただぞれだけの長寿生物。体はニンゲンに似ていて、大きさや顔立ちは20歳くらいらしい。以前、一度だけ話した冒険者が言っていた。嗅覚、聴覚、記憶力はニンゲンよりも良い。戦闘能力は、もう何千年も鍛えているから、私に勝てる人なんていないはずだ。
私は湖の管理人だから、あの冒険者たちが湖の生態系に害を及ぼすなら、殺す。そうじゃなければ、会話を盗みぎきしたり、行動をみたりして、情報を得る。ずっとずっと、この先何千年と、変わるはずのない私の人生。
そのはずだった。
「君は・・・妖精・・・?」
冒険者のリーダーに見つかってしまった。
「私は・・・この湖の管理人。」
久しぶりに声を発して、人と会話した。
「名前は?」
冒険者は奇妙な、美しいものを見るような目つきで私を見ながら、言った。
「ない。それより、仲間が私を怖がってるよ。」
後ろの三人は、私が森の獣のように見えるのか、魔力に気圧されているのか、冒険者の後ろからじっと私を見つめていた。
「珍しいなにかを見つけると、こいつらはいつもそうなんだ。気にしないでくれ。」
リーダーは苦笑しながら続けた。
「名前がないのか・・。ああ、そうだ失礼。俺はスピネル。夢見る名もなき冒険者。」
「・・・名もなきって。スピネルという名前があるじゃないか。」
私が少しだけ笑うと、後ろの三人がスピネルの後ろから出てきた。
「笑った・・・!」
「感情はあるんだな。」
「可愛い。まぁ、俺ほどじゃないけどな!」
「あたし、ガーネット。僧侶よ。」
「クロム。兵士だ。」
「薬調合師のベリルだ。よろしく。」
口々に感想や自己紹介を続ける三人に、私が返す言葉を失っていると、
「名前がないなら、俺らでつけようか。」
そう、スピネルが言った。
「あ、もしよければでいいから。なっ。」
焦ったようにスピネルが付け足し、四人に笑いが起こる。
「スピネル・・・もしかしてあなた。」
「だまっておけ。俺は放っておけなかっただけだ。」
顔を赤くするスピネルに、三人からの歓声が起こる。
「あの、どういう・・」
私が尋ねる声を遮るように、ベリルが言った。
「もう少し大人になったらわかるさ。」
「あなた達より、私のほうが歳上だと思うけど・・・。」
私は少し笑いながら、そう呟いた。子供扱いされたのは、初めてだ。
「ああ、そうだ。名前だよね・・・。」
咳払いしてスピネルが言う。
「コーラル。どうかな。」
風が吹いて、木々がざわめいた。
「ありがとう。」
私は微笑んで、初めての自分の名前を、心に刻んだ。胸がなんだか、ふわふわした気持ちでいっぱいだった。