カシスミルク
はじめて浴びるほど飲みたいと思うお酒に出会った。
鳥貴族のカシスミルク割りのことだ。炭酸がほとんど飲めず、350ml缶を1時間かけて飲む私は、居酒屋に行ってもサワーとか炭酸割りの名前が付くお酒以外ばかり探してしまう。案の定、そんなお酒は種類がほとんどないか日本酒ばかりである。お酒初心者の私は、まだ日本酒に手を出すことができていないから、結局無難なお茶割りかソフドリを頼むばかりだ。しかも、一度ありえないくらい不味いほうじ茶割りを飲んでから、お茶割りにかなりの恐怖感を抱いてしまっている。
そんなお酒ライフを送っていた私であったが、ついに鳥貴族で出会ってしまったのだ。カシスミルク割りという飲み物に。
一口飲んだ瞬間の感動は忘れられない。お酒とは思えないほど甘くて、後味もほぼソフトドリンクであった。ミルク割りだから、ほどよくマイルドな飲み口かつ、後味はカシスの香りがする。ミルクでアルコールがマスキングされてしまっているため、本当にアルコールが入っているのか?もしかしてソフドリのイチゴミルクを頼んでしまったのでは?と考えたが、どうみてもジョッキには赤い文字で、「これはお酒です」と書いてある。紛れもない、お酒であった。お酒なのに美味しすぎる。しかも炭酸が入っていない。
このとき私の中で酒革命が起こった。
酒革命の翌日も、あの味が忘れられなかった。あれだけたくさん飲んだのに飲み足りない。本当にアルコールを感じなかったから、やっぱりアルコールが入ってないのではないかと疑ったが、顔がパンパンにむくんでいたため、前言撤回した。
鳥貴族のあの看板を見るたびに、カシスミルク割りのことを考える。できることなら毎日行ってカシスミルク割りを頼みたい。だが、ソロトリキはまだハードルが高いし、肝臓も大切にしたい。でもカシスミルク割りを飲みたい。だから、友達とトリキに行ったときは、浴びるようにカシスミルク割りを飲んだ。カシスミルク貯金をしている感覚であった。
浴びるようにカシスミルク割りを飲むたびに私はTwitterに賛辞のツイートをした。
「世界一美味しい飲み物」「アカウント名カシスミルクありがとうに変えようかと思った」「カシスミルクと結婚したい」etc……
「カシスミルク割り 特許」「カシスミルク割り 違法薬物」とGoogleで検索したこともあった。
それほどまでにカシスミルク割りに心も肝臓も奪われていた。
カシスミルク割りをこんなにも愛しているのに、なぜ頻繁に飲むことがかなわないのか。かなしい。恋しい。はやくまたあの味をこの舌で体感したい。
ならばいっそ自分で作ってしまおう。
そんな考えに至った私はさっそくネットでカシスリキュールを探した。カシスリキュールにはたくさん種類があるが、絶対に、鳥貴族の、あのカシスミルク割りに使われているカシスリキュールでなくてはだめなのだ。
そんな思いで検索していると、ある知恵袋にたどり着いた。
私と同じく鳥貴族のカシスミルク割りに使われているカシスリキュールを探している人の質問であった。
回答を見てみると、お店で使っているのはサントリーのカシスリキュールだという。その情報を鵜呑みにした私はサントリーのホームページに載っているカシスリキュールを早速注文した。
わずか数日で届いたカシスリキュールを早速開封した。牛乳と氷の入ったグラスを準備して、いよいよ封を開ける。トポポ…と小気味良い音で注がれていくカシスリキュール。リキュールならではの濃い紫色が底に溜まっていく。そして牛乳を注いだ。このときの私はフェルメールの牛乳を注ぐ女ではなく、きんに君バージョンの牛乳を注ぐ女であった。分離したリキュールと牛乳を軽く混ぜると薄いピンク色があらわれた。まさしくあの、「鳥貴族のカシスミルク割り」の色であった。あの味を想起させる色合いに心が躍った。わくわくが止まらないまま、いささか性急にグラスを口に運ぶ。
一口飲んだ瞬間、カシスとミルクの味が口に広がった。おいしい。でも何かが違う。ミルクの量が多すぎたか、そう思ってカシスリキュールを継ぎ足した。そうしてまた一口、口に運ぶ。おいしい。だけど、まだ何かが違う。ミルクとカシスリキュールの継ぎ足しを繰り返す。まるで老舗うなぎ屋の秘伝の継ぎ足しダレのようだ。だが、あの味には一歩足らない。
買ったカシスリキュールがやはり違ったのか。
そう思い、知恵袋で調べていたところ、「鳥貴族では業務用のカシスリキュールを使っている」という情報を得た。「サントリー 業務用カシスリキュール」と楽天で検索したところ、何件かヒットした。私が買ったカシスリキュールは可愛らしいガラス瓶に入れられ、丁寧に商品名がラベリングされていたが、検索で出てきたのはまさしく業務用といったような、シンプルかつ大きな文字で「業務用 カシス」と書かれたペットボトルであった。ああ、こっちだなと思いながら、目の前にある小さなガラス瓶を見つめた。小さいサイズで頼んでおいてよかった。
念願のあのカシスミルク割りではないものの、美味しいカシスミルク割りを楽しめた私のカシスミルク欲は満たされた。カシスミルク割りをいつでも、好きなだけ飲むことができる状況にいることは、味の細かい違いを吹き飛ばすくらいに私の心を満たした。
だから、この200mlのガラス瓶が空になった瞬間、また私はカシスミルク割りを求めるモンスターになるだろう。それまでに、大きな業務用のカシスリキュールを頼まなければ。そう思いながら、小さなガラス瓶の中の紫を今日も減らしていく。