【第5期_第4回講義】「手の中の鳥」から新結合を見つける(第4回ゲスト 碇邦生氏)
初めに
Oitaイノベーターズ・コレジオ2023の第4回の受講レポートは学生受講生のイドリスが担当します。今回、講演いただいたのは九州大学ビジネス・スクール講師/合同会社ATDI代表の碇邦生先生です。
碇邦生先生のご紹介
2006年立命館アジア太平洋大学を卒業後、民間企業を経て神戸大学大学院経営学研究科へ進学し、ビジネスにおけるアイデア創出に関する研究を日本とインドネシアにて行う。2015年からリクルートワークス研究所に勤め、2017年から大分大学経済学部経営システム学科で人的資源管理論の講師を務める。2022年に経営学の知見を社会実装することを目的として合同会社ATDIを創業する。2023年9月から、九州大学ビジネス・スクールにて「組織行動」と「リーダーシップ論」を教える。現在は、新規事業開発や組織変革をけん引するリーダーの行動特性や認知能力の測定と能力開発を主なテーマとして研究している。
新結合
シュンペータはイノベーションの源泉として「新結合」が重要だと語っています。「新結合」は、必ずしもこれまで存在しない新しいものを必要とはしません。既存のもの同士の新しい組み合わせを見つけることでもイノベーションを生み出すことが出来ます。以下は、既存のもの同士を組み合わせることによって生み出されたイノベーションの例をいくつか挙げられていました。例えば、iPhoneは、タッチスクリーン、携帯電話、MP3プレーヤー、OS、インターネットを組み合わせることによって生み出されました。Airbnbも、民泊市場とオンライン予約システムを組み合わせることによって新しい宿泊サービスを生み出しました。
新結合では、既存の商品でも組み合わせを工夫することでイノベーションを起こすことが出来ます。株式会社東邦の「ウタマロ石鹸」は、もともとは洗濯用石鹼で洗濯機の普及により一般家庭で使われなくなり、当時の販売会社の廃業にともなって廃盤の危機にありました。しかし、洗濯機では落としきれない汚れのための「部分洗い用」として要素の組み換えを行うことでヒット商品として生まれ変わることができました。
イノベーションを起こす思考方法
イノベーションを生み出すための思考法として、基本となる「垂直思考」と「水平思考」について学びました。よく知られる論理的思考や批判的思考は「垂直思考」に含まれます。「正解」を求めるために収束させていく思考方法です。「水平思考」は多様な視点から物事を見ることで直感的な発想を生み出し、固定観念を外す思考方法です。新しい組み合わせを考えるために「水平思考」がもっとも重要になります。ただし、どちらか一方の思考だけではイノベーションは起きません。二つの思考をバランスよく発揮することが大切になります。
「固定観念」を外す最も良い方法
決まった手順で効率よく成果を出すとき、経済的な報酬がインセンティブとなる「仕事」が最も生産性を高めます。 一方で、答えのない成果や創造的なアウトプットを求めるとき、「遊び」が重要な要因となります。
例として、「ドゥンカーのロウソク問題」が紹介されました。蠟燭、マッチ、画鋲を使って、どのように火のついた蝋燭の蝋が垂れないように蝋燭を壁に固定できるかを考えます。この問題では、画鋲が入っている容器を蠟燭の受け皿として使うことに気が付くことができるかどうかがポイントになります。
同じ課題に取り組むにも、お金をもらって参加する人とボランティアで参加する人では生み出される成果が異なります。ボランティアはもっと自由な発想ができて、創造的な成果が生まれやすくなります。一方、お金をもらった人は、決まった手順で答えのある成果を求めることは得意ですが、答えのない創造性が求められる成果を出すときは劣ります。答えのない、創造的な成果を求めるとき、金銭的な報酬のある仕事よりも、自発的に参加するボランティアのほうが優れた成果を出すことが珍しくありません。特に、「遊び」の要素が強まるほど、創造的な成果を生み出しやすくなります。この現象は歌手や作家にもあるそうです。プロデビューをする前にすごくいい作品を作成できるのだが、プロとして仕事になると、ファンの期待もあり、プレッシャーを感じて、いい作品を作り出すのが難しくなります。
このような現象は、「外発的動機付け」と「内発的動機づけ」というモチベーション論の研究テーマとして扱われています。代表的な研究はいくつか挙げられます。
Deci (1975) の『内発的動機づけ』を高める「有能感」と「自己決定感」
Csikszentmihalyi (1990)『フロー体験』
Pink (2010)『モチベーション3.0』
Ariely (2009)『予想通りに不合理』
フロー体験
仕事に「遊び」の要素を入れる研究として「フロー体験」という理論があります。フロー体験というのは人が何かに没頭し、時間を忘れるほど集中している状態のことを指します。スポーツ選手やF1ドライバーでよくみられる「ゾーン体験」にも類似しています。
フロー体験の6つの要因
現在の瞬間に対する強烈で集中的な注意
行動と意識の融合
反射的な自己意識の喪失
状況や活動に対する個人的な制御感や代理感
時間の経験に歪みが生じ、主観的な時間の経験が変化する
活動を内発的に報酬と感じる体験、または自己調整体験とも言われるもの
フロー体験が起きるには、「熟練スキル」と「高難易度の挑戦」の組み合わせが必要になります。ただし、「熟練」の過程で固定観念に捉われてしまい、柔軟な発想ができなくなることがあります。そのため、「熟練」しながらも「固定観念」にとらわれないという矛盾した2つを両立させる必要があります。このことから、シリコンバレーでは「その事業について詳しい素人」がイノベーションを生み出すプレーヤーとして期待されています。
「熟練した起業家の発想法」から学ぶ
サラス・サラスバシー(Saras Sarasvathy)が提唱する「エフェクチュエーション」は、熟練した起業家が事業アイデアを考えるときに共通してみられる思考パターンです。不確実性の高い環境下における意思決定・問題解決で有用だといわれています。エフェクチュエーションでは、目標やゴールから逆算するのではなく、現状から積み上げていく形でビジネスのアイデアを考えるプロセスが特徴です。
エフェクチュエーションでは5つの原則があるといわれています。
「手中の鳥」の原理・・・既に手元にあるリソースを活用して、そこから何ができるのかを考える。
「許容可能な損失」の原則・・・損失を想定して予めどこまで投資できるのかを頭に入れつつ、まずはスモールスタートし、小さな失敗から学びながら成功を導く。
「クレイジーキルト」の原則・・・競合も含めて多様なステークホルダーと交渉をしながらパートナーとして関係を築く。
「レモネード」の原則・・・ピンチをチャンスだと捉えて成功を導く。
「飛行中のパイロット」の原則・・・未来は自ら創り出すものだと考え、自身がコントロールできることに集中して行動する。
最後に
講義が終わると、事業アイデアを考えるためのグループワークを行いました。まず、受講生が、自分の持つ技能や専門性、プライベートな趣味や人間関係などの資産(アセット)を書き出します。そのように書き出した各人の資産に対して「相手が、気が付いていなさそうな、使えそうなリソースの提案」「リソースを整理するカテゴリの発見」「自分のリソースとコラボレーションをしたら面白そうなリソースの提案」などのコメントをグループメンバーからもらいました。そのあとで、自分のアセットをみて、組み合わせたら最も面白そうな人を選んでチームを組みました。それぞれのチームメンバーは能力が違っても、それぞれの力を活用できれば、シナジー効果が期待できます。このワークを通して作ったグループによって、最終発表会にむけたプロジェクト案を作っていきます。