「飛鳥山の花見」−桜×花見or石碑or投土器=飛鳥山−『江戸名所道戯尽』
いつもこの記事を書くのは夜で、その後に風呂に入って髪を乾かして歯を磨いて、マッサージをして、寝るので余裕で2時を超えます。
そうすると、起きるのはいくらアラームをつけてもそれを消していつの間にか寝ているので9時半とか。
それはちょっと良くない生活なので、なるべく午前中に書き上げる運動を励行していきたいと思います。一人で笑
そんなやたら明るいことに違和感を覚えている今日も広景。今回は『江戸名所道戯尽』の「五 飛鳥山の花見」です。
◼️ファーストインプレッション
飛鳥山ということで、場所や風習、特徴は少し前に見たのは記憶に新しいですね。
8代吉宗が桜を植えまくって四季を彩る場所にしました。
ここではそのおかげで花見を楽しむことができた庶民がどんちゃん騒ぎを催していました。
また、ここでは山の崖の上から土器を投げる投土器という風習がありました。
それは武将たちが戦に向かうときに士気を高めるために盃を地面に叩き割ることを真似て、悪霊退散的な意味を込めて行ってました。
この絵ではあちこちでシートを広げてどんちゃん騒ぎです。今だったらゴミを置いていくようなことが起こりうる程度の騒ぎですが、当時はどうだったのでしょうか。
手前の一行は一人の坊主が棒でお弁当箱を突き、皿や盃をかち割り、目も見えていないのかな?
周りは意外と驚いておらず、笑っている様子。花見のテンションだとなんでもありなのでしょうか。
この絵は題名を知らなくても飛鳥山だとわかるほど象徴的なものが多いですね。
向こうに見える富士山はこの光景なら灰色の部分が水色で描かれていもいい気がしますが、灰色であることで富士山はこの光景を見て冷めているような印象を受けます。
◼️飛鳥山×花見
以前も見た気がしますが、今回はほとんどを網羅するつもりで見ていきたいと思います。
参考書によると、飛鳥山を描くときには必ずと言っていいほど描かれる石碑があるそう。それにも注目して見てきます。
広重の『東都名所』「飛鳥山全図」です。
ちょうど真ん中の絵のど真ん中に水色の半円のものが置かれているのがわかりますが、これがきっと石碑でしょう。
この絵では桜がたくさん咲いていることはわかりますが、桜の数より人の数の方が多い印象。でも人や桜が影のようになっていてシルエットに見えることから、明るい印象ではないのが正直なところ。
広重の『東都三十六景』「飛鳥山」です。
あ、やっぱり石碑は顔を覗かせている。
ここでは花見の騒ぎの様子というよりかは、”花を見に”来ている様子が描かれています。春爛漫という言葉がぴったりなパステル、新緑。
これも広重の『名所三十六景』「東都飛鳥山」です。
これも上と同様に”花を見に”来ている様子。
奥ではお店が並んで、ここぞとばかりに売り込んでいる様子が、店の飾り感から伝わります。
今回は石碑は描かれませんね。
奥で坂を登ってくる水色の集団が見えますが、傘を差した人々の集団。
芸妓さんたちが花見にきたのでしょうか。
広重の『江戸名所』「飛鳥山花見乃図」です。
一個上の絵の芸妓さん側の視線かのような描写。
ということは一個上の絵では傘の集団の傍に石碑があるということ?
こちらの絵では桜の描写がリアル?というか細かいですね。
まばらな赤白の配色で一層華やかになっています。
桜が一番に主張されていなくても花見の様子だと伝わってくるのはこの芸妓さんたちの華やかさ、空の暖かい色味が醸し出してるのかもしれませんね。
二代目豊国の『江戸名所発句合之内』「飛鳥山」です。
この絵は上に書かれている歌を読むことで内容をより一層楽しむことができるのでしょう。
無理だ。
きっとこれは投土器の様子。
石碑も見つからないけれどこれも飛鳥山だとわかる絵ですね。
飛鳥山だと判断できるためには、桜は絶対要素。
その次に投土器か石碑、お花見の様子のどれかが描かれていると判断できるのですね。
確かに飛鳥山が江戸の中でも外で飲酒・宴を許可された場所でしたのでそれを描こうとするのは当然なのかもしれません。
これはどこでしょうというクイズで飛鳥山が出てきたらすぐに答えられる気がします。
今日はここまで!
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