見出し画像

「品川日之出」−誘惑か安堵か−『東海道五十三次』

今日はまた顔に湿疹ができてきたので皮膚科に行きました。
意外とすぐに診察は終わりましたが、外が暑すぎたのでもう少し涼んでいたいくらいでした。

夏でもファンデーション要らずのツルツルおでこになりたいです。

そんなゆで卵欲のある今日も広重。今回は『東海道五十三次』「品川 日之出」です。

今回引用できる資料が国立国会図書館デジタルからで、少し状態が良いとはいえない版のようですので、もう少し鮮明に見たい方はこちらで見ていただきたいと思います。

◼️ファーストインプレッション

これまた少し小高い岩陰から道の奥を除いているような感覚を与える作品。
画面の半分以上が海と空なのに、道の圧迫感や閉塞感が感じられる不思議な構図。

道を行き交うのは大名行列の一行でしょうか。
家紋付きの籠を背負っていますね。
それを意外にも突っ立って見つめている人々。
左側の店に立つ女性たちはこの光景を微笑んで見ているようにも見えます。
右側の男性たちも頭が高くぼーっと見ていますね。
一行の最後尾になってくると、しっかり下げていなくてもいい見たいなルールでもあったのでしょうか。

この宿場町の手前にある木の柱に書かれている文字を読み解くことで何かわかることもありそうですね。

品川というと、今ではここまで海に面しているイメージはありませんが、当時はこんなにも海に接近した、危険な立地だったのですね。

日之出ということで、前回と似た情景。
あまり時間が経っていないように感じられ、連続性が作為的なものであると思われます。

◼️品川と視点

この宿場を現在のポイントと重ねてみます。

この灰色の部分は宿場ということになるのですが、上下には意外と村しかなくて、このエリアが宿場町であることが顕著にわかります。

しかしここのどこに当たるのかが判然としないままじっと地図を見つめていますが、どこかわからない。
おそらく、、おそらくではありますが、南品川宿とされているエリアでしょう。
海岸に沿ってる半分から下の灰色のエリアの、海沿い「元なぎさ通り」と書かれているところが今回の絵の海のエリアと一致しそう、、?

確かにそのエリアには「旧東海道」と書かれているのでその橋の始まりあたりから描いているのかもしれません。

◼️榜示杭

この宿場町の手前にある木の柱は榜示杭というもので、「ぼうじくい」と読みます。

傍示杭とは、境界のしるしに建てられた標柱のことで、街道施設に限っての名称ではないが、街道筋においては、宿場境や距離の基準点を示す重要な施設であったに違いない。杭は木製であるため、残念ながら当時の物を期待することはできず、浮世絵などによって想像するだけであるが、描かれた人間や馬の大きさと比較しても、かなり丈の高い木杭であり、そこには、境界を示す文言や里程などが墨書されていたようである。

私にはどう頑張っても
「陸里南○代○○口ハ、、、、」無理。

日本橋から六里南に来たところであるということを示していると見えます。

文字がつぶれて無理でした。


◼️品川遊郭

品川には江戸時代当時、遊郭が存在していました。
以前本で読んだものに、『諸国遊所競』という文政末期の全国の大規模な花街を番付けした表があり、そこに新吉原の真下に「江戸品川」と書かれているとのこと。

それだけ大きな遊郭であったことがわかります。

こちらは天保2年のもので、文政の末期とは2、3年の誤差なので同じ時期のものとして良いでしょう。

真ん中の縦長の部分の上部に「江戸品川」とありますね。
そのもう少し下に江戸吉原とありますね。

規模感は吉原よりも小さく、遊郭としてはまとまっていたわけではなさそうですが、旅籠屋の飯盛女という私娼婦が多く散在していたそう。

飯盛女というと、宿場町に置かれた遊女のこと。
彼女たちは一軒の旅籠屋に対して2人までと幕府により決められていましたが、この決まりを守らずに営業していたところばかりでした。

旅籠屋が純粋な旅籠屋としての営業だけで運営できるといえばできますが、飯盛女のいる旅籠屋の利益は桁違いで、湿っていたそう。

以上の話は安藤優一郎『江戸の旅行の裏事情』2021年朝日出版社からの新書を参考にさせていただきました。

ここの品川宿も旅籠屋には規定以上の飯盛女を置いていたと言います。

そりゃあ、江戸に入った宿場町でたくさんの大名行列を迎えますので、その一行のほとんどが男性なわけで。
その男性たち相手に遊女が接待すればお金を持っている大名一行だと、一気にお金が入りますね。
効率の良い営業の仕方ではありますが、大名一行の派手な身分の人間を迎えるというと、嵐に巻き込まれたぐらい荒れた数日を過ごすことになりそうでもあります。

今回の絵で顔を出している女性たちはそれをわかっていて微笑みを振り撒いているのでしょうか。
それとも、今回は通り過ぎていってくれている安堵の表情なのでしょうか。


今日は描かれたポイントと、飯盛女のシステムについてみていきました。
今日はここまで!


今日の大河ドラマは上総広常の殺害回並に重い回でした。全成は最後まで実衣を愛して、僧侶として誰も恨まずに生きていたのだと、ポンコツ僧侶なんてものではないと確信しました。
Twitterで見たのですが、「全成は誰も恨むことは出来なかったから、願ってもない誰かのへ死の呪文は叶わないことが多かったけれど、愛としての呪文は本心からの願いであったために最後には叶うこととなった」という旨のツイートにとても共感しました。

あー、毎回重いなあ、、。
しかし今回ほど善児の登場にガッツポーズが出た回はありませんでしたね。
もう誰かを殺さずとも存在感だけでその場を凍らせることができそう。
全成ロスになっています。
上総広常ぶりくらいに心が重いです。
いや、全回重いな。

来週も、楽しみです、、、。


#歌川広重 #東海道五十三次 #浮世絵 #品川 #飯盛女 #遊郭 #品川遊郭 #江戸時代 #江戸絵画 #日本絵画 #アート #美術 #芸術



いいなと思ったら応援しよう!