一也と定春とやっぱり冬
「遊戯王でもやってたの?」
やってたよ。近所のスーパーでばったり会った親友は、カゴいっぱいのマロニーちゃんを押し付けてきた。カードゲームの話をしながらの鍋用具は、忖度しても脈絡がない。親友の定春は、いつもこういう奴だった。気まぐれで、無口かと思えばマシンガントークを繰り出す怪物だ。これの長所は、心が優しいのといくらか整った顔くらいだろうか。
「オレはベイブレードだったよ」
「懐かしいなオイ」
「なんか、景品で…もらっただけだけど」
「やらんのかーい」
大学進学と同時にこの町にやってきた俺たちは、就職後も流れに任せて定住することにした。近くのアパートを借りている俺と実家暮らしの定春。同じ大学の同じサークルに入って、まったく別の専攻学問を修めた。ベイブレードセットを大事に抱える定春も、レンタルショップの1階でカードを極めた俺もいよいよ30代だ。お互い、その幼い感覚をどうにかしたいと思案している。趣味は個人のものだから、その辺りは放置しても構わないだろうと仰ぐ。二人してニートになったのは、二か月ほど前のことだ。
「いや、就労の意思がない訳じゃないのよ」
「うん」
「しんどい……ただただ、しんどい」
生きるのが。定春の実家に寄りにくかった俺は、そのままこちらの狭いアパートに連行した。今晩は鍋、素敵な水炊きだ。さすがにマロニーは1袋で勘弁してもらった。割り勘で買ったしゃぶしゃぶ肉とゴマだれ。水菜は地味に高くて諦めた。白菜さ、いっぱい入れようよ。ネギもちょっとだけ入れよう。苦手なものは少しだけ、の定春がテレビ前を占拠する。こいつもやれば上手いが、今日は俺が厨房に立つ。いつもより調子が良さそうに見えて、どこか壊れかけているから。
「たこ焼きしようよ」
「明日か」
「うん」
「唐辛子を入れてあげよう」
「うんうん」
「ロシアンな」
「オレ、辛いの好き」
「しっとるわ」
再放送のアニメでも観ときな。素直にバスケアニメを観始めた定春と、冷蔵庫を開ける俺。ポン酢は、何とか足りそうだ。
なぁ、定春。壊れたのは、壊れたまんまでいいんだぞ。壊れながら、生きていけばいいんだからな。
「イッチー」
「おう」
「オレ、バイト探そうかな」
「おうおう」
「疲れちゃうけど」
「うんうん」
「イッチーは?」
「俺も多分、その内」
この歳になって思うのは、いかに無益な時間を垂れ流してきたか、ということ。大学での4年間にしか意味がなかったかのように、社会の荒波は優しくなかった。仕事内容云々よりも人間関係、己としての存在と人権や尊厳のようなもの。すべてが踏みにじられ、それでも立ち上がり走らなければならない日々。己を踏んだ者を踏み返し、疑心暗鬼の中をただ進むだけ。意志なき俺には無理だった。俺も定春も何度か就職し、転職し、そして今に至る。定春は最後の会社を失踪する形で辞めている。あいつの実家から俺に連絡が来るくらいの騒ぎだった。朝からずっと、いないとか。その日のうちに帰ってこなかったとか。放っておけば、勝手に死んでしまっていただろうことも知っている。
「展望がないんだ」
「だろうな」
「希望もないし、何にもどこにも」
「……」
「でも、もういい」
春になったらさ、お鍋食べられなくなるのかな。呟いた定春に、今度はちゃんと水菜を買ってやろうと思った。マロニーも好きなだけ入れていいよと告げたくなった。
「ベイブレードしよっか」