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【短編小説】木曜のビヨンド ver.6

演習落とした?
詰みゲーじゃん。馬鹿か、おまえ。
教職引っかけてたろ、そっちがもう駄目じゃん。
奨学金、ダイジョブか? あぁ、そっか……うん、ならいい。

定春と知り合って二度目の冬、彼は下宿先を出た。オジサンたちとの共同生活をやめ、友達とシェアハウスをするという。一言も、聞いてなかった。狭いマンションで男四人、らしい。どうして。ずるい。僕もいきたい。言えない。どうなるってんだ、こんなの。
僕は定春が死ぬつもりなんじゃないかと、疲れたんじゃないかと思っていた。けど、周りに友達がいてくれるなら、死にたくても死ねないはずだ。抑止力になってくれる、から。だからダイジョブ。あのいつもの目が僕を見る。口以上に雄弁なそれは、確かに的を射ていた。

疲れたのは僕のほうだ。思い出したりするから、あんなこと。定春だってどこかへ行ってしまうから、勝手にナーバスになった。起伏の激しすぎるレール、従ったままでは死ぬことも難しい。
「大学、辞めるの?」
辞めない。親に金出してもらってる。卒業くらいするさ。おまえこそ、留年すんなよ。いろいろあるだろうし。むしろ辞めそうなのは、そっちだろ。
定春は薄く笑い、低下の一途を辿る成績表を捨てた。紙切れ一枚、大したことはない。実家に送られたって痛くもかゆくもない。ふざけた落とし方はしていない。それはどちらも。
僕は引っ越し前の定春の家にいる。狭い狭い部屋。傷んだ畳に小さな本棚。哲学書と文学の並ぶそれは、僕の部屋の本棚とはまるで違う。ニーチェもゲーテも同じに思える。どっちもイカれてる。奴らこそ自殺願望者だ。

ウチ、来る?
いかない。
一緒に住もうか。
住めない。住まない。
遊びにおいで。
いかない。

僕はもう、おまえの家に行かない。童貞論、書けたら読ませてほしい。
「それは勿論」
みんなと仲良くね。
「うん」
じゃ、また大学で。


次の春、あぁ、夏も秋も僕らの講義は被らなくなった。専攻が違うとここまで会わないものなのか、同じ専攻で近いテーマの連中の顔しか見ない。未だに基礎演習じゃあ卒業なんて間に合わない。ディープになった演習、講読、概論、演習、演習、発表……終わればまた発表。理系の学生が研究室に籠るようなもの。
僕はまた短くなった髪にキャスケットを引っかけ、最後の春を待つ。雪にならなかった雨粒が肩を濡らす。傘は、あまり差さない。要らない。何もかも要らない。成すべきこと以外、ぜんぶ。ノートはずっと真白のままだ。

駅への道の途中、見慣れていたはずの姿に出逢う。僕よりさらに短くなった髪に薄手のコート。セルフダメージジーンズが寒そうだ。膝が破れてるんだよ。定春。
「おはよう、17時だけど」
寝てた?
「寝てた」
みんなは?
「解散」
シェアハウスはかろうじて形を保っているが、事実上の解散。一人が交際相手を連れ込んでひと悶着あったらしい。馬鹿だ。そんなものだとも思う。
部外者なんて入れるから、境界線が曖昧になるんだ。自分たちのルールも決められないから、無理だったんだ。でも、無理だって分かったんだな。羨ましい。分かったってことが羨ましい。
「うん」
偉いよ、定春。
「きみも」
なんで? 僕の何が偉い?
「4年で卒業できる」
当たり前。
「俺も卒業できそうって」
偉い。ものすごく偉い。すごい。親孝行。
「不幸かも。ちゃんとしてない」
遊びにいったほうがよかった?
「わからない」
そういう、ほんのちょっとした、そういうことから綻ぶものだから。よかったか、よくなかったか、誰にも分からない。一緒に生きることが手段で通過点じゃあないと、僕らは青すぎて腐りそうになる。大きな目標なんか、くたびれた大人みたいに掲げちゃ駄目なんだ。最近の彼らはきっと、それが分かった。ひどくドライな方向で。

本屋行くけど、一緒に行く?



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