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後期旧石器時代の「社会」は広かった 『万物の黎明』ノート17

本書の著者たち(二人のデービットということで、以下ではWDと略します)によれば、後期旧石器時代、アルプス山脈から外モンゴルまで、文化はかなり似ていたとされています。各種の道具、楽器、女性の小像、装飾品、葬儀の形態が似ているのです。また、男性も女性も長距離移動をしばしば行なっていたとされます。

現在の狩猟採集民もしばしば長距離移動を行い、遠隔地の集団と混ざり合っていることが文化人類学でも確認されています。たとえば東アフリカのハッザ族やオーストラリアのマルトゥ族を調査すると、ほとんどのメンバーが他所からの流入組でした。それも遠方からの流入が多くて、言語すら異なるところから入ってきていました。オーストラリアのアボリジニは大陸の半分を旅しても受け入れてくれるトーテム半族を見つけることができ、彼らはそうやって移動していました。北アメリカインディアンでも五大湖からルイジアナまで移動しても受け入れてくれるトーテムがありました。

常識には反するように思えますが、人口の増大と技術の進歩とともに長距離移動する人間は減少します。つまり社会は狭くなったのです。新石器時代に入ると、アフリカと東アジアの大部分で土器、細石器、石臼などの技術革新がありました(だから「新石器時代」と命名されたのですが)。これに伴い、採集する食材も地域ごとに偏っていき、生活のパターンに差異が出始めます。様々な調理や食料保存方法なども発明され、「料理」という文化差異も生じます。そしてそれに同期して、服飾、ダンス、薬物、髪型、儀式、親族形態、修辞法などの差異による「文化圏」が形成されていくのです。それは現代の国民国家よりははるかに広いのですが、これはいわゆるグローバリゼーションとは逆向きです。

さらにWDは、そうした文化圏が縮小した究極の形態が都市なのではないかとします。いったん都市が成立すると、その都市から一歩も出なくなる人も珍しくなくなるからです。

「社会」が狭くなればばるほど、強固な支配体制が作りやすくなるでしょう。逆に「社会」が広ければ、集団から逃げ出しやすくなる、抜け穴が多い(多孔性)社会になります。なぜ、その抜け穴が塞がれていって、社会は閉塞していったのか?WDはその説明の一つとして、「分裂生成」という鍵概念を使い、その説明に第5章をまるまる充てています(ノート18)。

『万物の黎明』について(目次のページ

<ノート(トピック毎)>
万物の黎明というタイトル 『万物の黎明』ノート1
アドニスの庭 『万物の黎明』ノート2
新石器革命(農耕革命)は革命ではなかった 『万物の黎明』ノートその3
パラダイムシフト 『万物の黎明』ノートその4
「よくできた社会理論」は滑稽でもある 『万物の黎明』ノート5
蜃気楼としての「未開社会」 『万物の黎明』ノート6
国家の起源を語るのは無意味である 『万物の黎明』ノート7
選挙は民主主義では無い 『万物の黎明』ノート8
ルソーとホッブス 『万物の黎明』ノート9
森に逃げ帰ったインディアン 『万物の黎明』ノート10
北米インディアンによる批判からヨーロッパの啓蒙思想は始まった『万物の黎明』ノート11
ルソーの功罪 『万物の黎明』ノート12
人類は最初から「賢い人(ホモサピエンス)」だった 『万物の黎明』ノート13
季節変動する社会 『万物の黎明』ノート14
季節変動と王様ごっこ『万物の黎明』ノート15
人類の幼年期にサヨウナラ『万物の黎明』ノート16
後期旧石器時代の「社会」は広かった『万物の黎明』ノート17
(このページです)

<読書ノート(要約)>
『万物の黎明』読書ノート その0(前書き&目次) 
『万物の黎明』読書ノート その1(第1章)
『万物の黎明』読書ノート その2(第2章)
『万物の黎明』読書ノート その3(第3章)
『万物の黎明』読書ノート その4(第4章)
『万物の黎明』読書ノート その5(第5章)
『万物の黎明』読書ノート その6(第6章)
『万物の黎明』読書ノート その7(第7章)
『万物の黎明』読書ノート その8(第8章)
『万物の黎明』読書ノート その9(第9章)
『万物の黎明』読書ノート その10(第10章)
『万物の黎明』読書ノート その11(第11章)
『万物の黎明』読書ノート その12(第12章)

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