支配権力は慈善に帰着する 『万物の黎明』ノート38
著者たち(二人のデビットなので、以下WDと省略します)の都市観は従来の常識に楯突いています。つまり「人が集住して都市ができ、その必然として支配構造が現れた」のではないというのがWDの主張です。
例えば初期の都市は行政的ヒエラルキーや権威主義的支配無しで成立していたとWDは言います。そもそも都市成立以前から人々は集団間で植物、動物、薬物、貴重品、歌、観念などを集団間でやりとりしていました。決して孤立した集団が散らばっていた訳ではないのです。そのやりとりも単純なものではなく十分に複雑なものであったでしょう。隣保同盟みたいなものがあって、公式な組織が聖なる場所の管理やケアを行うのです。マルセル・モースが言うように、それは十分に文明なのであって、都市成立以前からあったものなのです。そうした同盟が小さな空間に圧縮したものが都市だと考えるのが理に適っているとWDは言うのです。pp.582-584
もちろん君主制だとか戦士貴族支配が都市に根付くことはありました。しかしそれは必然という訳ではありませんし、都市で君主制が始まったという訳でもありません。メソポタミアの場合、世襲貴族政はアナトリア高地の「英雄社会」を起源とすると見られます。そしてテオティワカンのように君主制への道を途中で放棄した都市市民たちもいたのです。さらに君主制を受け入れたメソポタミアの諸都市は地区評議会や民衆集会のシステムを君主制と共存させました。p.584
そして、メソポタミアの場合でも暴力のシステムとケアのシステムが融合しています(ノート37)。シュメールの神殿は神々の世話と供物としての食糧供給で組織されていました。それに福祉活動と官僚機構が絡みます。神殿は慈善施設でもあり、未亡人・孤児・家出人が避難していました。彼らは食糧の配給を受けて神殿の工房で働かされます。神殿の官僚は彼女たちを監督して、紡がせて、織らせて、生産物を交易を行い、彼女たちに食糧を与えたのです。それは王が都市にやってきて神殿の横に建てた宮殿に住むようになる、ずっと以前からあったシステムです。最初の文字文書が現れる頃には戦争捕虜や奴隷も働かされるようになり、未亡人や孤児の地位が低下していき、貧民窟のようになっていきます。神殿システムに搾取される対象となったということです。そのために、虐待的な家庭環境から逃れることが困難になり(移動する自由の喪失)、命令に従わない自由が喪失され、社会変革を試みる自由も喪失することになります。未亡人や孤児をケアするためのシステムが非人間的な環境に堕していくこの事例を私たちはどう考えれば良いのかとWDは問いかけます。pp.584-586
フランツ・シュタイナーは、この問題に最も接近した人類学者だとして、WDは評価しています。彼の研究は、なんらかの負債や過失で追放されたり、漂流し、犯罪者として逃亡した人々に何が起きたのかを問うものでした。それは最初は歓待された難民が、徐々に格下げされて搾取されていった歴史でもあります。歓待や亡命、礼節や庇護にかかわる規範が失われたとき(本書で言うところの移動の自由が損なわれたとき)何が起こるのか?そして、なぜそれが恣意的権力の行使につながっていくのか?ということを彼は問いました。そして彼は世界の諸民族の事例を検討していく過程で、支配権力は慈善に帰着することを見出したのです。
アマゾン社会では孤児・未亡人・狂人・障害者・畸形者たちは首長の住居に避難して、食事をシェアすることが許されていました。戦争捕虜もそこに加わります。逃亡者、債務者、犯罪者なども降伏者と同じ扱いを受けることがありました。かれらはすべて首長の従者となり、警察のような王命の執行者の任を担いました。彼らがどれだけ王の頼りになったのかは事例ごとに異なるでしょうが、そのような存在の可能性があることが重要なのです。そして世界中の王宮は変わり者の避難所でした。これはローウィやクラストルを悩ませた「国家なき社会がいかにしてトップダウンの組織を生み出したか」という問いへの一つの解答にもなり得るのではないかというのが、WDの見立てです。
本書のこの部分は、書き飛ばしている感がありたいへんに分かりにくいところがあります。おそらくは、逃亡者、債務者、犯罪者などをも含む人々を受け入れて庇護した王宮において、王が(ポテスタス=家長権)を使って、彼らを動かしてトップダウン式の警察を組織した、つまり主権を確立したと私は解釈しました。もちろん、首長の慈善からトップダウン式権力の確立までの筋道にはよくわからないところが残されていることも確かだとWDは認めており、今後の課題としているようです。pp.586-588
<ノート(トピック毎)>
万物の黎明というタイトル 『万物の黎明』ノート1
アドニスの庭 『万物の黎明』ノート2
新石器革命(農耕革命)は革命ではなかった 『万物の黎明』ノートその3
パラダイムシフト 『万物の黎明』ノートその4
「よくできた社会理論」は滑稽でもある 『万物の黎明』ノート5
蜃気楼としての「未開社会」 『万物の黎明』ノート6
国家の起源を語るのは無意味である 『万物の黎明』ノート7
選挙は民主主義では無い 『万物の黎明』ノート8
ルソーとホッブス 『万物の黎明』ノート9
森に逃げ帰ったインディアン 『万物の黎明』ノート10
北米インディアンによる批判からヨーロッパの啓蒙思想は始まった『万物の黎明』ノート11
ルソーの功罪 『万物の黎明』ノート12
人類は最初から「賢い人(ホモサピエンス)」だった 『万物の黎明』ノート13
季節変動する社会 『万物の黎明』ノート14
季節変動と王様ごっこ『万物の黎明』ノート15
人類の幼年期にサヨウナラ『万物の黎明』ノート16
後期旧石器時代の「社会」は広かった『万物の黎明』ノート17
分裂生成『万物の黎明』ノート18
私的所有権の起源 『万物の黎明』ノート19
農耕開始以前から社会はいろいろとあった 『万物の黎明』ノート20
奴隷制について 『万物の黎明』ノート21
農耕民は文化的劣等生だった『万物の黎明』ノート22
ダンバー数を超えると都市は出来るのか?『万物の黎明』ノート23
メソポタミア民主制『万物の黎明』ノート24
世界最初の市民革命?『万物の黎明』ノート25
世界最古の公共住宅事業?『万物の黎明』ノート26
征服者コルテスと交渉する人々『万物の黎明』ノート27
国家の3要素『万物の黎明』ノート28
「国家」未満?(第1次レジーム)『万物の黎明』ノート29
エジプトにおける「国家」の誕生『万物の黎明』ノート30
肥沃な三日月地帯の高地と低地『万物の黎明』ノート31
第2次レジーム『万物の黎明』ノート32
行政官僚の起源『万物の黎明』ノート33
女性の文明『万物の黎明』ノート34
北米国家解体の歴史『万物の黎明』ノート35
王様ごっこから君主制へ、そして暴力『万物の黎明』ノート36
ローマ法は特殊な法体系である『万物の黎明』ノート37
支配権力は慈善に帰着する『万物の黎明』ノート38 (このページです)
<読書ノート(要約)>
『万物の黎明』読書ノート その0(前書き&目次)
『万物の黎明』読書ノート その1(第1章)
『万物の黎明』読書ノート その2(第2章)
『万物の黎明』読書ノート その3(第3章)
『万物の黎明』読書ノート その4(第4章)
『万物の黎明』読書ノート その5(第5章)
『万物の黎明』読書ノート その6(第6章)
『万物の黎明』読書ノート その7(第7章)
『万物の黎明』読書ノート その8(第8章)
『万物の黎明』読書ノート その9(第9章)
『万物の黎明』読書ノート その10(第10章)
『万物の黎明』読書ノート その11(第11章)
『万物の黎明』読書ノート その12(第12章)