「国家」の3要素『万物の黎明』ノート28
本書は、農耕と都市と国家の起源について通説を覆していくところが売りであり、第10章と11章が国家について議論する最大の山場となっています。
著者たち(二人のデビットなので、以下WDと略します)は社会進化論的人類史を徹底的に避け続けており、歴史上のあるポイントで「国家」が現れて、それが周囲に広がっていくというような見方はしません。それに代わるストーリーとしてWDが出して来るのは、「人類は色々な形態の国家を試し続けてきた」というものです。
国家の定義
そもそも「国家」とは何なのか?現代の人々はほとんどすべて国家に属していると考えられていますし、古代エジプト、古代中国の殷、インカ帝国なども「初期国家」とみなされています。しかし社会理論家たちのあいだでコンセンサスはなく、これら全ての「国家」を包括し、かつガバガバにならない定義が難しいとWDは言います。pp.410-412
イェーリング(orウェーバー)の国家の定義:「国家The state」という言葉は16世紀後半にフランスの法律家ボンタンが使い出し、19世紀後半にドイツの哲学者イェーリングが体系的な定義を試み、マックス・ウェーバーが引き継ぎました。それは以下のようなものです。
「国家とは、所与の領域内で合法的な強制力の使用を独占することを主張する機関」
つまり、ある一定の範囲の土地の領有権が主張され、その内部では「人を殺害、殴打、監禁することを許されるのは我々に限る」とある機関が宣言するとき、政府は国家になるのです。この定義は近代国家には有効ですが、人類史の中ではそのように振る舞わなかった支配者も多勢いました。あるいはタテマエはそうであっても実質はそうでなかった場合も多かったのです。イェーリング/ウェーバーの定義ではハンムラビ王のバビロニアもソクラテス時代のアテネも、征服王ウィリアムのイングランドも国家ではありません。pp.410-411
マルクス主義者の国家定義では、人民を搾取する支配階級が権力を防衛するために構築したのが国家ということになり、上述のバビロニアもアテネもイングランドも国家ということになりますが、搾取をどう定義するのかという問題が生じますし、国家を悪と断じるこの定義はリベラル派には好まれていません。p.411
20世紀の社会学者たちによる機能主義的国家観に従うと、社会が複雑になれば、その調整のためにトップダウンの指揮構造が必ずや生ずることになっています。「大規模で複雑なら国家」ということです。分かりやすくはあるのですが、これでは何も説明したことになりません。そして、第8章で取り上げた最初期の都市には、当てはまりません。初期のウルクには支配構造はありませんでした。その時代に支配構造が現れているとしたら、ウルクのような低地河川流域の大規模で複雑な社会ではなく、周辺の山麓の小規模な英雄社会においてでした。そしてその英雄社会も行政管理の原理を嫌っていましたから、これまた国家らしくありません。民族史的には北米北西海岸の社会も英雄社会的な人々ですが、国家装置と呼べるようなものは何一つ持っていない人々でした。pp.411-412
では官僚的形態と英雄的形態という二つの形態が融合したところに国家が現れるのでしょうか?ここでWDはそういう定義を下すことに意味があるのだろうか?という疑義を挟みます。本書の中で例証されてきたように、国家がなくても支配体制が可能であったり、国家がなくとも複雑な灌漑システムを構築することが可能であるとしたら、それらが国家ではないと定義することに何の意味があるのでしょうか?p.412
国家をめぐる定義のやり直し:
そこでWDは次のように議論のやり直しを提案するのです。pp.413-
支配の3つの基本形態
そもそも人が人を支配する社会権力の方法として、暴力の統制、情報の統制、個人のカリスマ性をWDは挙げます。そしてその3つが近代国家の基礎をなしているとWDは主張します。pp.415-417
「暴力の統制」については、イェーリングによる国家の定義で述べた「領土内の合法的な強制力の使用を独占」する「主権」がまさに該当しています。もっとも古代の王は、実際にはこの権力はたいして行使できなかったであろうともWDは言います。王から100ヤード以上離れていれば、王の恣意的暴力は振るえないのです。この話は別の箇所でナチェズ族を例にして語られることになりますが、王の元に引きずり戻す官僚なり警察官がいなければ王の恣意的暴力も実行できないのです。p.417
それとは異なり、現代国家の主権が強大なのは官僚制(情報の統制機関)と結びついているからだからだとWDは指摘します。p.417
そして官僚制と結びついた主権は監視国家や全体主義に繋がっていきますが、民主主義によって相殺されると私たちは考えています。しかし、現在の民主主義とは大物政治家たちが繰り広げる勝敗ゲームしか意味しておらず、ほとんどの人間はたんなる野次馬です。古代ギリシャの市民集会(アセンブリー)よりは英雄社会の貴族の抗争によほど似ています。つまり限られた人間たちがカリスマ性を競っているのです。pp.417-418
暴力、情報、カリスマ性へのアクセスが社会支配の可能性を規定します。近代国家の場合はそれが主権、官僚制、競合的政治フィールドとして規定されています。そして「国家」を考える上で、この3つが揃っている必要はありません。そもそもこの3つの支配の基本形態は歴史的起源からしてまったく違うのです。p.418
(以上を図示すると
社会支配の3要素:暴力 情報 カリスマ性
↕️ ↕️ ↕️ ↕️
近代国家では: 主権 官僚制 競合的政治フィールド
となります。)
古代メソポタミアでは河川流域の都市で官僚制が発生して、丘陵地帯で英雄社会的(カリスマ的)政体が現れ、両者は緊張状態にありました。そして古代メソポタミアの都市は実質的な領域的主権があった有力な証拠がありません。pp.417-418
ルイジアナのナチュズ、東アフリカのシルックの王/首長は、目の前にいる臣民に対して絶対的な権力をもっていましたが、目の届かないところで臣民は彼の命令を無視していました。p.419
近代国家は、人類史のある時点でたまたま成立した諸要素の集合体(当然そこには上述の3要素が含まれます)なのであり、現在それが解けつつあるのだとWDは言います。WTOやIMFのような地球規模の官僚組織が育ちながら、地球規模の主権が存在しないという現実を見ろというのです。そして、学者たちは近代国家でのそうした結合を過去に投影して、主権的権力(のようなもの)が行政管理システム(のようなもの)と結合した瞬間がいつだったのか、そして結合の経緯と理由を探ろうとします。たとえば、社会の規模が拡大し、行政管理システムが生じて、それを統括するための主権が生まれて、その主権を委ねるカリスマ政治家が現れる、というような説明がよくなされています。その順番にも異論はあるのですが、WDはそもそもその基底にある目的論に異議を唱えるのです。つまりそういう順番を考えるという発想の元には、さまざまなタイプの支配が遅かれ早かれ18世紀末にアメリカやフランスで成立した近代国民国家のスタイルに集約されていくという考え方があり、それ自体に異を唱えるのです。pp.419-421
WDは第10章と11章で、そうした目的論を離れて初期「国家」の姿を描いていきます。p.421
その際、WDは「国家」を鍵括弧で括った上で、ここで述べられた国家の3基本要素のうち一つの要素だけを備えたもの第1次レジーム、二つの要素だけを備えたものを第2次レジーム、3つ揃えたものを第3次レジームと呼ぶことにして話を進めていきます。
『万物の黎明』について(目次のページ)
<ノート(トピック毎)>
万物の黎明というタイトル 『万物の黎明』ノート1
アドニスの庭 『万物の黎明』ノート2
新石器革命(農耕革命)は革命ではなかった 『万物の黎明』ノートその3
パラダイムシフト 『万物の黎明』ノートその4
「よくできた社会理論」は滑稽でもある 『万物の黎明』ノート5
蜃気楼としての「未開社会」 『万物の黎明』ノート6
国家の起源を語るのは無意味である 『万物の黎明』ノート7
選挙は民主主義では無い 『万物の黎明』ノート8
ルソーとホッブス 『万物の黎明』ノート9
森に逃げ帰ったインディアン 『万物の黎明』ノート10
北米インディアンによる批判からヨーロッパの啓蒙思想は始まった『万物の黎明』ノート11
ルソーの功罪 『万物の黎明』ノート12
人類は最初から「賢い人(ホモサピエンス)」だった 『万物の黎明』ノート13
季節変動する社会 『万物の黎明』ノート14
季節変動と王様ごっこ『万物の黎明』ノート15
人類の幼年期にサヨウナラ『万物の黎明』ノート16
後期旧石器時代の「社会」は広かった『万物の黎明』ノート17
分裂生成『万物の黎明』ノート18
私的所有権の起源 『万物の黎明』ノート19
農耕開始以前から社会はいろいろとあった 『万物の黎明』ノート20
奴隷制について 『万物の黎明』ノート21
農耕民は文化的劣等生だった『万物の黎明』ノート22
ダンバー数を超えると都市は出来るのか?『万物の黎明』ノート23
メソポタミア民主制『万物の黎明』ノート24
世界最初の市民革命?『万物の黎明』ノート25
世界最古の公共住宅事業?『万物の黎明』ノート26
征服者コルテスと交渉する人々『万物の黎明』ノート27
「国家」の3要素『万物の黎明』ノート28(このページです)
<読書ノート(要約)>
『万物の黎明』読書ノート その0(前書き&目次)
『万物の黎明』読書ノート その1(第1章)
『万物の黎明』読書ノート その2(第2章)
『万物の黎明』読書ノート その3(第3章)
『万物の黎明』読書ノート その4(第4章)
『万物の黎明』読書ノート その5(第5章)
『万物の黎明』読書ノート その6(第6章)
『万物の黎明』読書ノート その7(第7章)
『万物の黎明』読書ノート その8(第8章)
『万物の黎明』読書ノート その9(第9章)
『万物の黎明』読書ノート その10(第10章)
『万物の黎明』読書ノート その11(第11章)
『万物の黎明』読書ノート その12(第12章)