王様ごっこから君主制へ、そして暴力 『万物の黎明』ノート36
さまざまな技術や制度は儀礼遊戯から始まった
本書で繰り返されるのは、さまざまな技術や制度は、特定の季節に行われる「ごっこ遊び」として始まったという話です。農耕は遊戯農業から始まった、王と王宮も「王様ごっこ」から始まった、などです。(私的所有ですら
、「儀礼に使われる「聖なるもの」は限られた個人しか手にすることができない」というルールから派生していたとしています。)この「王様ごっこ」については、論じ足りないと感じていたのか最終章の第12章で「君主制や統治機関が儀礼遊戯から始まった」とする説を再掲しています。
著者たち(二人のデビットなので以下、WDと省略)によればイギリスの人類学者ホカートは「君主制や統治機関は生命力を宇宙から人間社会に導くための儀礼に由来する」のであり、「最初の王は死んだ王であったはずだ」と言ったということです。第3章で取り上げられていますが、新石器時代以前の「豪奢な埋葬」は、死体を生前よりも豪奢に飾り立てていたと思われるとも書いています。
それでは、カーニバルの王様のような期間限定の「王」が、永続的な君主制に転じるプロセスは何なのか?WDは「それらのヒエラルキーが遊戯形態から永続的なものに変わるきっかけは、往々にして暴力だった」としています。遊戯王は実際に人を殺し始めた時から本物の王となるのです。ある国家からある国家への移行時に過剰な暴力が発生するのもそれで説明がつきます。このあたりは第10章で大規模な人身供儀が新王朝開始の数世代に限定されるという指摘にもつながります。p.572
戦争ごっこから無差別殺傷へ
この「暴力」と関連してWDは戦争の起源についても短い考察を最終章の中に挟んでいます。彼らによれば遊戯的なゲームから暴力が展開するものに変化したのが戦争なのです。我々が思い浮かべる戦争では、相手側の陣営全員を平等に暴力の標的として扱う(無差別殺傷する)というルールが置かれているのですが、この無差別殺傷のルールは決して自明のものではないとWDは指摘します。民族誌には「遊戯戦争」の事例に事欠かず、ゲームのような形をとったり、あるいは芝居がかったかたちをとったり、あるときには血なまぐさいかたちをとっています。ホメロスが描いた「戦争」にしても、ほとんどの参加者は観戦者なのであって、個々の英雄たちは互いに嘲り、嫉妬し、ときには槍や矢を投げ合ったり、決闘したりします。双方が総力戦で無差別殺傷をやっているわけではないのです。そして、旧石器時代には無差別殺傷を原理とする戦争の証拠が残っていません。pp.572-573
とはいえ最終氷期が終ったあと、新石器時代の中央ヨーロッパで起こったような村落間の大虐殺(第7章pp.298-300)の証拠が増えていきます。しかもそれは不均等に現れています。集団間で激しい暴力が見られる時代と、平和な時代とが交互に訪れるのです。平和な時代は長く続くものの、何世代も経過した後で戦争はしつこく再生します。それは社会内部の自由の喪失と関係したのでしょうか?それが帝国のような大規模な支配システムに向かうきっかけを作ったのか?それは直接的な関係があったのでしょうか?とWDは問いかけます。そして、少なくとも近代国家のようなものを基準にしてイメージしても答えは見つからないとしています。pp573-574
本書の第10章では3つの社会支配の基盤と、第一次レジーム、第二次レジームの話が展開しますが(pp.574-575)、それらの古い政体に共通するのはシステムの頂点でスペクタクルな暴力が展開されていること、頂点に据えられる宮廷や宮殿は家父長制的世帯をモデルにしていることだとWDは指摘するのです。つまり家父長制と軍事(暴力)にはなんらかの関係があるとWDはしています。p.575
そこから先の議論は整理されているとは言い難く、最終章の中に無理矢理書き留めておいたという感じは否めません。WDは欧米社会が立脚しているローマ法が特殊なものであるという指摘をここで繰り返し、ローマ法の「自由」や「私的所有権」は家庭内に奴隷を抱えていた家父長制度と分かち難く結びついており、それがバイアスとなって議論がやり難くなっていると指摘していますが、、、、、おそらくは執筆予定だった3冊の続編に議論を持ち越すつもりだったのでしょう。
<ノート(トピック毎)>
万物の黎明というタイトル 『万物の黎明』ノート1
アドニスの庭 『万物の黎明』ノート2
新石器革命(農耕革命)は革命ではなかった 『万物の黎明』ノートその3
パラダイムシフト 『万物の黎明』ノートその4
「よくできた社会理論」は滑稽でもある 『万物の黎明』ノート5
蜃気楼としての「未開社会」 『万物の黎明』ノート6
国家の起源を語るのは無意味である 『万物の黎明』ノート7
選挙は民主主義では無い 『万物の黎明』ノート8
ルソーとホッブス 『万物の黎明』ノート9
森に逃げ帰ったインディアン 『万物の黎明』ノート10
北米インディアンによる批判からヨーロッパの啓蒙思想は始まった『万物の黎明』ノート11
ルソーの功罪 『万物の黎明』ノート12
人類は最初から「賢い人(ホモサピエンス)」だった 『万物の黎明』ノート13
季節変動する社会 『万物の黎明』ノート14
季節変動と王様ごっこ『万物の黎明』ノート15
人類の幼年期にサヨウナラ『万物の黎明』ノート16
後期旧石器時代の「社会」は広かった『万物の黎明』ノート17
分裂生成『万物の黎明』ノート18
私的所有権の起源 『万物の黎明』ノート19
農耕開始以前から社会はいろいろとあった 『万物の黎明』ノート20
奴隷制について 『万物の黎明』ノート21
農耕民は文化的劣等生だった『万物の黎明』ノート22
ダンバー数を超えると都市は出来るのか?『万物の黎明』ノート23
メソポタミア民主制『万物の黎明』ノート24
世界最初の市民革命?『万物の黎明』ノート25
世界最古の公共住宅事業?『万物の黎明』ノート26
征服者コルテスと交渉する人々『万物の黎明』ノート27
国家の3要素『万物の黎明』ノート28
「国家」未満?(第1次レジーム)『万物の黎明』ノート29
エジプトにおける「国家」の誕生『万物の黎明』ノート30
肥沃な三日月地帯の高地と低地『万物の黎明』ノート31
第2次レジーム『万物の黎明』ノート32
行政官僚の起源『万物の黎明』ノート33
女性の文明『万物の黎明』ノート34
北米国家解体の歴史『万物の黎明』ノート35
『万物の黎明』ノート36 (このページです)
<読書ノート(要約)>
『万物の黎明』読書ノート その0(前書き&目次)
『万物の黎明』読書ノート その1(第1章)
『万物の黎明』読書ノート その2(第2章)
『万物の黎明』読書ノート その3(第3章)
『万物の黎明』読書ノート その4(第4章)
『万物の黎明』読書ノート その5(第5章)
『万物の黎明』読書ノート その6(第6章)
『万物の黎明』読書ノート その7(第7章)
『万物の黎明』読書ノート その8(第8章)
『万物の黎明』読書ノート その9(第9章)
『万物の黎明』読書ノート その10(第10章)
『万物の黎明』読書ノート その11(第11章)
『万物の黎明』読書ノート その12(第12章)