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国家の起源を語るのは無意味である 『万物の黎明』ノート7

国家の起源を語るというのは魅惑的なテーマですからWD(本書著者である二人のデーヴィッドをこう記します)がこれに挑んでいると知ってワクワクしなから第10章と11章を読んだのですが、WDによれば「人類史において国家の起源を語るのは無意味」なのだそうです。なぜなら、私たちが思い描く国家像というものは近代国家のそれであり、具体的には主権(暴力の独占)と官僚制とカリスマ性に支えられた政治家たちという三要素から成り立っており、古代「国家」においてそれが3つ揃ったことは無かったからだというのです。

ここで「主権」についてはウェーバーの定義が採用され、「暴力の独占」を意味します。近代国家であれば、個人の自由を束縛できるのは国家の一機関である警察に制限され、これまた国家の一機関である司法が裁いて刑務所に放り込むなり究極の暴力である死刑を執行することができます。
官僚制は言うまでも無いでしょう。

「カリスマ性に支えられた政治家」が分かりにくいかもしれませんが、WDの観点では選挙とは人気投票なのであり、政治家同士が弁舌を競い合うシステムです。それは、人類史において戦争での勝者が人々の人気を得て、王座に就くのと似たようなものだともされます。

古代国家の典型として、人々が古代エジプトを典型として思い描くのは、上記の「主権」と官僚制が強固に結びついた例であるからだとWDは言います。主権者(王)であるファラオは恣意的に人々に命令を下す存在であり、人々の生殺与奪権を持ちます。そして、王の臣下である官僚たちが、食糧や奴隷を差配し、物資を記録し、ピラミッドや巨大なモニュメントを建設します。しかし、各王朝のファラオは決して誰かと争うことはなく、カリスマ政治という要素はありません。

メソポタミアも官僚制が発達しており、官僚たちが楔型文字で人々の債務を記録し神殿工房での生産と生産物の交易を管理していました。そして各都市の王たちは競い合い征服と服従を繰り返す典型的な「英雄社会」を生きていました。かられはカリスマを競っていたのです。そしてかれらは主権を持ちませんでした。各都市は自治組織で運営され、主権者はあくまでも神とされました。王は神を補佐するものではあっても、エジプトのように王と神を同一視することはありませんでした。つまりカリスマによる政治はあっても、主権を欠いた(主権が神に委ねられている)社会だったとWDは見ます。

WDは古代において国家の起源を語るのは無意味だと宣言しますが、それに代わる指標として、第一レジューム、第二レジュームという考え方を持ち込みます。第一レジュームとは主権、官僚制、カリスマのどれか一つだけで社会が組織される形式であり、第二レジュームとはそのうちのどれか二つが組み合わされて社会が組織される形式です。

ホメロスやサーガに歌われた英雄社会とは、英雄たちが互いに争って勝ち負けを競い、それによって社会が運営されますから、典型的なカリスマに基づく第一レジュームの社会です。また古代メキシコのオルメカ文明は球技で勝者がなんらかの支配を行っていたと考えられており、これも第一レジュームの社会です。

また民族誌では、生殺与奪を含めて恣意的な命令を下すことができる王のような存在は報告されていますが、官僚を伴わないために「王」の居場所から離れさえすれば(連れ戻す官吏がいないので)王の命令を無視できる社会も報告されています。これは主権のみが存在する第一レジュームの例でしょう。

それでは官僚制だけで成立した第一レジュームはあったのか?WDはシリアのテル・サビ・アブヤド遺跡(BC.6200頃)から出てきた土製の幾何学的トークンは、特定の資源の配分記録用だったのであろうという推測を引用し、その遺跡の「村」には世帯格差が見られないことをもって、主権を伴わない官僚制の起源とみなしています。また、アンデスの村落共同体アイリュもキープ紐(結縄)で負債管理をしていたと考えられており、主権なき官僚制度だったのではないかと示唆されています。(アイリュはその後、主権「国家」のインカ帝国なかに組み込まれます。)

第二レジュームについては、前述の古代エジプトやメソポタミアのような例を引けば十分でしょう。

主権と官僚制が結びつくことで、あるいはカリスマ政治が官僚制と結びつくことで、今日の我々からみて「国家」のように見えるものになったことは確かなことですが、そこに共通要素を見出すことには意味がないのだというWDの指摘はなるほどと思わされます。主権、官僚制、カリスマ政治という起源を異にする制度がさまざまな形で合流して出来たのが、古代の「国家」なのです。

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<ノート(トピック毎)>
万物の黎明というタイトル 『万物の黎明』ノート1
アドニスの庭 『万物の黎明』ノート2
新石器革命(農耕革命)は革命ではなかった 『万物の黎明』ノートその3
パラダイムシフト 『万物の黎明』ノートその4
「よくできた社会理論」は滑稽でもある 『万物の黎明』ノート5
蜃気楼としての「未開社会」 『万物の黎明』ノート6

<読書ノート(要約)>
『万物の黎明』読書ノート その0(前書き&目次) 
『万物の黎明』読書ノート その1(第1章)
『万物の黎明』読書ノート その2(第2章)
『万物の黎明』読書ノート その3(第3章)
『万物の黎明』読書ノート その4(第4章)
『万物の黎明』読書ノート その5(第5章)
『万物の黎明』読書ノート その6(第6章)
『万物の黎明』読書ノート その7(第7章)
『万物の黎明』読書ノート その8(第8章)
『万物の黎明』読書ノート その9(第9章)
『万物の黎明』読書ノート その10(第10章)
『万物の黎明』読書ノート その11(第11章)
『万物の黎明』読書ノート その12(第12章)

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