奴隷制について 『万物の黎明』ノート21
本書のメインテーマは「どうして私たちの社会は支配と服従の体制に行き詰まって(閉塞して)しまった」なので、支配ー服従の極端な形式である奴隷制についても言及はあります。ただし、記述があちこちに散らばっており、まとまりをなして論じられてはいません。そして、例によって「起源を論じるのは意味がない」という見解が繰り返されます。奴隷制は世界各地、様々な時代で見られますが、その形態は様々です。おそらく人類史のかなり初期から奴隷制はあったのだろうと著者たち(二人のデビットということで以下ではWDと略記)は推測するのです。
しかも奴隷制は家族という空間の中で始まり、ケアと表裏をなすものであっただろうともしています。このあたり、まとまった議論が行われていないのでよく分かりません。(序文にある「執筆が計画」されていた「3冊以上の続編」のうちの一冊だったのでしょうか?)ただ、アマゾンでの奴隷制の話が彼らの考える奴隷制の話に大きく影響を与えているようには思えます。
奴隷が、農奴・小作人・捕虜・収容者と異なるのは「社会的つながりの欠如」つまり「社会的死」の状態にあるということです。奴隷になると、家族、親族、共同体など一切の繋がりを消されて、主人に完全に服従して、他人と約束することもできなくなります。
さて、奴隷制を持つアマゾンは「捕獲社会」とも呼ばれ、組織的暴力で他の集団を「食い物」にします。カロリーではなく「活力」を求めて奴隷を捕獲し、それ自体が「生業様式」だったのです。アマゾンでは狩猟で生け捕られた動物は(家畜ではなく)ペットになりますが、それと同様に、奴隷狩りされた捕虜はペットとして扱われケアを受けます。それは「社会的に死んだ」人間を捕獲者の世帯で飼い慣らし、再=社会化するということであり、それが完成すれば捕虜は奴隷でなくなります。もしくは社会的死のまま宙吊りにされ、ときには集団的宴会で殺害されることもありました。こうした人間関係は同族内では問題を生じますから、複数の社会間で継続的に奴隷狩りが行われたのがアマゾンの社会でした。
グアイクル族(パラグアイ)は貢納物のトウモロコシや遠征で捕獲した奴隷たちに囲まれて生活していました。彼らは奴隷をやさしく扱い、奴隷たちは余暇階級(お嬢様など)の世話をしていたのです。「捕獲社会」にとっての奴隷制とは、社会のケアリング労働の量と質を高めることでした。「捕獲社会」はそうやって、貴族、王女、戦士、平民、使用人などを「生産」していたともいえます。
インディアンの社会は捕虜や子供を養育と教育で「正しい」人間に育て上げることに誇りを抱いていました。しかし、奴隷は獲物からペットそして家族へと進む過程を、途中で打ち切って宙吊りされた存在であり、他者のケアに捕縛された非人間です。単なる一過性の暴力ではなく、ケアリング関係に変化した暴力行為であり、それが持続するのです。
奴隷は常に戦争で捕獲されますが、それと同時に奴隷制はどこでも飼い慣らし(ドメスティケーション)の制度でもあったとWDはしています。もっとも粗暴なる形態の搾取(つまり奴隷制)は、最も親密な社会関係(家族関係)にこそその起源を有しているのだというのがWDの見解です。養育・愛・ケアリングの倒錯として始まったということなのであって、政治組織からは始まっていません。政体というものが存在する以前の話なのです。
支配が最初に現れるのは、親密な家庭的(ドメスティック)な次元です。そうした関係が小世界から公共空間に拡大していったとWDは見ていますが、自覚的に平等主義的な政治が、それを阻止することもあっただろうともWDは見ています。いずれにしてもそれは農耕の歴史より、ずっと古いのです。
『万物の黎明』について(目次のページ)
<ノート(トピック毎)>
万物の黎明というタイトル 『万物の黎明』ノート1
アドニスの庭 『万物の黎明』ノート2
新石器革命(農耕革命)は革命ではなかった 『万物の黎明』ノートその3
パラダイムシフト 『万物の黎明』ノートその4
「よくできた社会理論」は滑稽でもある 『万物の黎明』ノート5
蜃気楼としての「未開社会」 『万物の黎明』ノート6
国家の起源を語るのは無意味である 『万物の黎明』ノート7
選挙は民主主義では無い 『万物の黎明』ノート8
ルソーとホッブス 『万物の黎明』ノート9
森に逃げ帰ったインディアン 『万物の黎明』ノート10
北米インディアンによる批判からヨーロッパの啓蒙思想は始まった『万物の黎明』ノート11
ルソーの功罪 『万物の黎明』ノート12
人類は最初から「賢い人(ホモサピエンス)」だった 『万物の黎明』ノート13
季節変動する社会 『万物の黎明』ノート14
季節変動と王様ごっこ『万物の黎明』ノート15
人類の幼年期にサヨウナラ『万物の黎明』ノート16
後期旧石器時代の「社会」は広かった『万物の黎明』ノート17
分裂生成『万物の黎明』ノート18
私的所有権の起源 『万物の黎明』ノート19
農耕開始以前から社会はいろいろあった 『万物の黎明』ノート20
奴隷制について『万物の黎明』ノート21(このページです)
<読書ノート(要約)>
『万物の黎明』読書ノート その0(前書き&目次)
『万物の黎明』読書ノート その1(第1章)
『万物の黎明』読書ノート その2(第2章)
『万物の黎明』読書ノート その3(第3章)
『万物の黎明』読書ノート その4(第4章)
『万物の黎明』読書ノート その5(第5章)
『万物の黎明』読書ノート その6(第6章)
『万物の黎明』読書ノート その7(第7章)
『万物の黎明』読書ノート その8(第8章)
『万物の黎明』読書ノート その9(第9章)
『万物の黎明』読書ノート その10(第10章)
『万物の黎明』読書ノート その11(第11章)
『万物の黎明』読書ノート その12(第12章)