忘れ物は取りに戻りましょう 【第十話】
「あたしが怖いなって思ったのは、おにいのソレかも」
友夏が理久を指さす。綺麗にネイルされたその指は、タオルケットを示していた。
「さっきソレに丸まってたじゃん? あの時もさ、夏休みだっつーのに、家に戻ってからもおにいってば分厚い毛布ひっぱりだしてきて、身体全部隠して震えてたんだよね。だから思い出した」
「……へー」
「おにいは覚えてないの? けっこーな事だと思ったんだけどなー」
「あー……なんとなくは?」
「ははっ、あやふやすぎ」
理久は精一杯軽口になるよう表情を作って答える。友夏もそれに応えるように、まるで冗談を口にした兄を諌めるような口調で返してきた。
はは、と自分でも空笑いとわかる掠れた声が口から勝手に出る。タオルケットを掴む手は震え、冷や汗は止まらない。
毎晩見るようになったアレはやはり夢じゃなかった。それだけで頭の中が埋め尽くされ理久は、自分を見つめる友夏の目が心配に翳ったことを気づいていなかった。
友夏も見ていた。夢ではない。でもなぜ今更思い出す。なぜ毎晩夢に見る?
「……待てよ」
ぽつりと落ちた声に、友夏が気づく様子はない。
いつの間にか背を向けている妹を見つめた理久は、先ほどまでとは比べ物にならないほどの冷や汗が吹き出しているのを実感する。
これが心霊的な何かだとしたら、それが友夏へ及ぶ危険性を考えていなかった。
自分だけの勘違いや思い込みならばまだいい。そんな過去はなく、記憶にはないもののこれまで観てきた映画や読んできた漫画の影響が混じり合って、自分ひとりが今の状況に踊っているのならばまだマシだ。
でも、やっぱり本当にあった過去だった。
あの少女を友夏も共有しているとわかった今、自分がここへ逃げ込んだ事でアレが妹に気づき、現れるようになってしまったら──
思うより早く、理久は身体を起こしていた。
「おにい?」
「あ、ごめん。俺やっぱ満喫でも行くわ」
「はあ? ちょっと何言ってんの、いいよ、一晩くらい泊めてあげるって」
慌てて起き上がりかけた友夏を制し、大丈夫大丈夫と笑って誤魔化しながら理久はアパートを後にした。
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友夏のアパートの階段を下り、あえて可能なかぎり周囲に気を配らないようにしながらひとまず駅前へ向かう。妹の初めての一人暮らしとなるアパート探しを手伝った際、駅近で危うい道を通らないようにという第一条件が今の自分を救うとは思わなかった。
それでもさすがにここまで深夜だとコンビニ以外の店は閉まっているし、交通量もそこまで多くない。
無意識に足早になり、走り出そうとした瞬間、右肩を叩かれた。
立ち止まるつもりなんてなかったのに、地面に貼り付いたように動けなくなる。振り向くつもりなんてなかったのに、勝手にそちらを見てしまった。
「ぎぇっ──」
「喚くな」
そこにいたのは、イズミと名乗ったあの女だった。