忘れ物は取りに戻りましょう 【第十七話】
今劇団が使用している稽古場から、徒歩十分にあるカフェ・ラドリー。
理久は指定された十四時の五分前に到着し、テラス席へと案内されていた。
天気の良い日に外でコーヒーを飲むのは嫌いじゃない。とは言っても、今はとにかく待ち合わせ相手が来ることが待ち遠しく思っていて、じっくり味わう余裕はなかった。
とは言っても、楽しみで待ち遠しいわけではない。
昨日の夜、幼い子どもの手が現れて理久の手を握り、そして消えた。
次の瞬間にはよく知る理久の部屋に戻っていて、例の1.5リットルのミネラルウォーターが入った段ボールが廊下の左隅に間違いなく存在していた。
『……なん、だったんだ……? 今のは……』
誰にともなく──ではなく、隣にいるはずのイズミに呼びかけた。ここへ理久を連れてきたのも、解決の言葉を伝えたのも、すべてがこのイズミと名乗った身元も年齢も何もかも不詳の女だ。何も知らないとは言わせない。そう思い、隣を見た。
──トン、トン、トトン。
ともすると彼女はすでに理久の視界から消え失せ、慌てて顔を巡らせると、廊下の先をいったアパートの階段を下っていた。
『おい、ちょっ……!』
当然追いかけようとしたが、途端にくらりと眩暈が襲った。息が切れ、その場にしゃがみ込みそうになるのを何とか耐えて、顔を上げる。
準備運動をろくにしないで思いきり短距離を走ったあとの、あの感じだ。
『休んで。そのくらいなら眠れば治るから』
階段の途中で立ち止まったイズミが声だけ投げてくる。
なんだこいつは。怪奇現象のあったアパートに置き去りにする気か。いや、なくなったのか。どっちにしろ恐怖心は完全には消え失せていない。しかも、わけのわからない疲労感に襲われている。それなのに──
『ま、待てって……、何が、なんだか……』
『明日、劇団の練習はある?』
『は? あぁいや、オフだけど……』
『……明日十四時。カフェ・ラドリーで』
そう言って、イズミは本当に去ってしまったのだった。
「……ったく……マジで有り得ん……まぁぐっすり寝れたけど……」
理久は思い出しイラつきを覚えつつ、アイスコーヒーをぐびりと飲み干した。
あんなことがあったんだ。眠れるわけがないと思いながらベッドへ倒れ込んだ次の瞬間には、理久は寝落ちてしまっていた。
例の夢のせいで数週間まともに眠れていなかったせいか、はたまたイズミの言う通り『治す』ための睡眠だったのか、何もわからない。
嘘のようにすっきりと起きてしまい、しかもすでに正午は回っていて、友夏から兄の身を案じる文面がいくつも入っていた。