忘れ物は取りに戻りましょう 【第十二話】
運転席の女──自称イズミは、ただの一度も理久を見ない。
今は運転中だからということではなく、これまで出会った人間──誤解を恐れずにいえば、外見上女性に分類される相手には必ずと言っていいほどマジマジ見られるのが普通の人生を歩いてきた理久にとって、かなり違和感のあることだった。
時には億劫であり、時には物事をスムーズに進めるのには手頃な自分の顔を、理久はそこまで嫌いではない。なにせ、劇団に入れた理由でもある。
中学生の頃は面倒に巻き込まれがちだったこともあり大嫌いだったが、歳を重ねるにつれて、変に謙遜すれば反感を買うことを痛いほどに理解した。
ネタにできればもっと生きやすいだろうが、それができれば苦労はしない。下手に目立たないよう生きてきたクセなのか、それとも生まれながらのものなのか。
理久が歴代の彼女たちに言われ続けたことは、「なんか違う」に加えて、「何を考えてるかわからない」「私といても楽しくなさそう」だ。
『芝居の技術は悪くない。でもそれだけだ。技術だってことが伝わっちまってるからダメなんだよ。特に感情が関わる芝居が上っ面に思える』
伊丹の声が響く。
元カノたちといて、楽しくなかったことはない。楽しんでいたつもりではある。だが、それが伝わりにくいらしい。表情や態度には出しているつもりだ。なのに、どれも本気だと思われない。酷い時には「そう振る舞っときゃいいと思ってるんでしょ。少し顔が良いからってナメんなよ」と言い捨てられたことさえある。
なお、多少は図星だ。心から思っていなくても、テンプレ通りの振る舞いをしてしまう。その上で、言葉で補填するというフォローができないダメ男の自覚はあった。
つまり、役者としてもイチ人間としても、理久はどうにも「感情表現」に難アリということなのだ。
「……ていうか、あれ? この道って……」
見覚えのある景色に、思わず自称イズミを向いた。
等間隔に配置された街路灯が、その横顔を照らしていく。改めて納得がいった。この顔を見慣れていたら、理久の顔を眺めてどうこう思うこともないかもしれない。ただ、当人は自身の顔にも興味がなさそうに思えた。この場に友夏がいたら奇声をあげてメイク用品を持ち込んできそうだ。
──いや、今はそんなこと考えている場合ではない。
目の前の信号を右に曲がったら確定だ。あ、曲がった。
「もしかしなくても俺んち行こうとしてないか」
「そうだよ」
イズミは頷いたとは言えない程度に首を動かした。
「は?」
聞き返しても返事はない。
「や、教えた覚えがないんだけどなんで知ってんの」
続けた声にも答えはなかった。
つい一時間前、理久のアパートから駅に向かう途中に会ったのは偶然ではなかったのか。自分が住んでいると知っていて、あそこにいたのか。
……本当に着いてきてよかったのか?
心霊的な恐怖心から逃げ出してきたものの、ここで突然ストーカーという現実的に恐ろしい単語が頭を過ぎった理久は、パンツのポケットからスマホを取り出してひっそりと110番を用意しつつ、助手席の窓から外の景色を見るにとどめた。