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忘れ物は取りに戻りましょう 【第九話】

 
 理久の顔を見た友夏は、ペロッと舌を出した。

「今おにいが考えてることわかるよ? 小学生で一緒にかくれんぼとかしてないじゃんってね」
「……ん、まあ。だってそうだろ」
「そもそもね、小学生よりちっちゃい頃のこと何にも覚えてないってわけでもなくて、でもぼんやりしてて曖昧って感じなの。てか、何にも覚えてなかったらそれはそれでホラーじゃん」
「あぁ、まあ」
「そんでね。すーごいちっちゃい時に、あのでっかい屋敷でおにいとかくれんぼしてたのだけは妙に覚えてんだよね。ピンポイントに、ハッキリ覚えてる」
「え」
「不思議でしょ? まーたぶん、エピソードがちょっと怖いからかもしんない」
「怖い?」
「おにいは覚えてないかなー」
「どんな」
「なにちょっと必死になりすぎ」

 友夏に指摘されて理久は我に返る。タオルケットに丸まっていたはずが、半身おこして友夏の方へ身を乗り出していた。

「どうでもいいだろ。で、どんな記憶なんだよ」
「えーとねー……夏休みにかくれんぼしてて、おにいが鬼なの。それでね、どの部屋だったっけかな、とりあえず棚と壁の隙間に入り込んで『もーいいよー』って言ったの。初めて見つけた隠れ場所でめっちゃわくわくしてて。おにいには絶対見つからない! とか思ってた」
「……それで?」
「おにいって見つけるの上手だったじゃん? でもなかなか近づいてこなくて、パタパタパタパタ足音が途切れなくて、やったーって思ってて……そしたら眠くなっちゃったんだよね」
「え」
「しょーがないじゃん。何歳とか覚えてないけどちっちゃかったんだもん。で、こう……ウトウトしてて。そしたら、『みーつけた!』って声がして目が覚めたの」

 見つかったのか。それなら夢とは違う。
 理久は張りつめていた糸が途切れたのが自分でもわかり、肩の力が抜けた。その時、友夏が首を振る。

「でもね、全然違うとこから聞こえたの。そのおにいの声が。実際あたしの前におにいはいなかったし」
「……えっ」
「だから、誰を? って思ったのは覚えてる。誰を見つけたの? って」

 ――誰を、見つけたの。
 摺りガラスの向こうに見えるスミレ色。

「別のお友達連れてきたのかと思って、隠れ場所から飛び出したんだよね。なんでかわかんないけど、あたし抜きで楽しそうにしてずるい! とか思ったのかな」

 ドアが開いていないのにわかった。
 女の子がそこにいることを。

「そしたらね、おにい、お風呂場の前で突っ立ってたの。呼んでも動かなくて、なんにも答えてくれなくて。で、あたし怖くなっちゃって」

 脚が言うことを聞かない。
 あの時の理久は、まるで足の裏が床にはりつけられたように動けなくなっていた。

「おにいの顔みたら、まっすぐ前向いたまま目まんまるにしてたんだよね。で、あたしもそっちを見たの。ハッキリは覚えてないんだけど、摺りガラスの向こうにキレーな薄紫っぽい色が見えたのは覚えてる」
「……薄紫?」
「そー。なんつーんだっけ。スミレ色みたいな感じ。わけわかんないでしょ。そのあとのことは全然覚えてないから、怖い話ってより不思議な話なんだけど」

 友夏も見ていた。
 あの、スミレ色のワンピースを着た少女を。


#創作大賞2024 #ホラー小説部門

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