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150 二次小説『アオのハコ』⑨ 第二話「インターハイ行ってください」、その3

 そして春休み。終業式が終わっても栄明は中学校も高校も学校が開放されている。そして授業がない分、昼間の時間を中学も高校も、思いっきり部活に当てることができていた。もちろん制度上は自主練だけど、監督やコーチもさすがに毎日ではないけど顔を出してくる日がある。そして女バスの練習は午後からで、この休みの期間だけは私も午前をのんびり過ごすことができた。
 バド部の練習は八時からだったらしい。
「あれ? もう行くの?」
「下っ端なんで準備とかあって」
 本当は少しでも多く練習したいんだなと、その大喜くんの思いを私は十分察することができた。そんな姿を眩しく思い、私は大喜くんを笑顔で送り出したのです。
「いってらっしゃい」
「いっ、てき、ます」
 振り返った大喜くんは恥ずかしがってた。そんなに上がることないのに、と思った矢先、そうかと思って私も恥ずかしいと思ってしまう。多分夫婦みたい、それも新婚さんみたいと思ってしまったんだなと。そう察してしまうと私もますます意識してしまう。私が日本に残った目的はインターハイで、大喜くんも私のためにそれを目的にしてくれたけど、私と大喜くんの関係が変わるきっかけになる可能性があると気づいたのです。
 そんなことを思って一人照れて部屋に戻ろうとしたところ、おばさんが玄関に顔を出してきた。
「大喜!」
「どうしたんですか?」
 階段の途中で振り返るとおばさんは財布をもってた。それもお札がそのまま入る立派な平財布。私もたびたび見かけた大喜くんの財布に違いなかった。
「大喜くんが忘れて行ったんですか?」
「そうなのよ。あの子そそっかしいから」
「わかりました。私が学校行って渡してきます」
「助かるわ。お願いね」
 そして私はお昼を食べたあと、私の家になっている猪股家をでたのです。
 猪股家から栄明に行くには立派なアーケードのある商店街をくぐる。地域が衰退してきた日本にあってこれだけ繁盛してる商店街もあまりないとお父さんとお母さんから言われてきた。その端には猪股家からほど近い、最近店を出した有名な整体師さんがあり、私は身体のメンテに行くようになった。野球やサッカーほどフィールドが大きくなくても全力で機敏に動く必要が迫られるバスケ、インターハイを目指すならなおさら身体のチェックは不可欠だった。
 そう思いながらくぐった商店街は早朝自主練の日とは打って変わって、穏やかで活気のある通りだった。もちろん私たちが授業を受けている日もこれと変わらぬ日常だったはずだけど、日曜日以外は開店前に通っていたため平日のにぎわい方を知らなかった。
 そして栄明の門をくぐり、私たちの活動の場である体育館、今日はエントランスのある正門から入ることができた。そして偶然、大喜くんが出るところに鉢合わせしたのです。着替えて体育館で渡すことを考えてたけどすぐに出会えたなら勿体づけることもない。私はすぐに大喜くんの平財布を差し出したのです。
「家に財布」
「わっーーー!!」
 ーーえっ?
「どっかに落としたと思ったんダ! 拾ってくれてありがとうございマス!!」
 大喜くんのこの対応、私は必死に思いをめぐらす。明らかに焦って、私との仲を知られたくない挙動。私の何が悪かったのか。考えろ千夏。これは試合、ゲームだ。それで多少落ち着き、私は大喜くんの奥にジャージ姿で太腿の下から露にしている女の子を見かけたのです。大喜くんとつるんでいたところを何度か見かけたことのある、あの蝶野雛さんだったのです。
 それで全てわかったと私は思い、大喜くんとのインターハイの約束など思いもつけず、冷たい笑みで体育館に入ったのです。
「どういたしまして」
 と大喜くんに告げた後で。
 私は着がえたあとで外にでて、準備運動する。バスケは動きが激しいから身体を温めて動くようにしないとすぐ悲鳴が出る。そういえば仮面ライダーも最初のシリーズから、藤岡弘、さんはアクションシーンの前に身体を慣らしたという。多分それと同じように今日の私の身体はどんな状態か、それを各部の曲げ伸ばしで自分の身体を確かめてあげるのが、準備運動の役割でもあった。
 十分に身体ができて体育館に入る。そして大喜くんを心から追い出し、バスケに集中しようと思ってた。でもまだ「大喜くん」は追いかけてきた。私が入ってすぐ、上から降りてきた蝶野さん、トレーニングしていた大喜くんと笠原くんと、パイプ椅子を持ち運ぶことになったのです。
「あの、俺もう一つ持ちます」
「ありがとう」
 私は振り返れなかった。どんな顔して大喜くんを見たらいいか分からなかったし、そもそも他人のふりをし出したのは大喜くんでしょうという不満もあった。しかし蝶野さんはちがった。初対面というのに物おじせずに話しかけてきたのです。
「千夏先輩ですよね」
「うん」
「1つ質問していいですか」
 私は見当がついていた。
「先輩って彼氏とかいるんですか?」
「いないよ」
「欲しいとは思わないんですか?」
 私は蝶野さんを健気と思って聞いていたのです。
「一緒に帰ったり遊びに行ったり」
「今は部活で精一杯だから」
 だからこのセリフは私はあなたの敵でないという意味で言ったのです。そうは言っても大喜くんと一緒の空間にいることに耐えられず、パイプ椅子を所定の位置に立てかけたあとは早々にみんなに背を向けたのです。
 女バスの練習がはじまり、私はだんだん腹が立ってきた。一つは大喜くんに、一つは自分に。私とのインターハイの約束は何だったんだ。私に惚れてるんじゃなかったのか。蝶野さんと両天秤にかけていたのか。そしてあのとき冷たい笑顔で返した私、もっと顔に出して怒れ。そんな考えが頭のなかで渦巻けば、試合に集中できるわけはない。私はミニゲームでなんでもないパスを取りそこねてよろけ、尻もちをついてしまったのです。その後は何とかミスなく動けたけど、自分でも一つひとつの走り、ドリブル、パスの全てに精彩を欠いていたとわかってた。シュートチャンスはついになかった。
 でも引きずらないのが肝心。私は流しに行って水筒に水をくむ。そんな時に大喜くんは私の横に来たのです。
「大丈夫ですか」
「え?」
「さっき転んでたから」
「大丈夫だけど」
 私のこと見ててくれるのはうれしいけど。だからやっぱり私は大喜くんを好きなんだと思ってしまった。だけど。
「知らない人のふりするんじゃなかったの?」
 私は少し冷たく言っていた。
「すみませんでした。いきなりあんな態度とって」
 あれと、私はすごい勘ちがいをしていたかもと思うことができたのです。
「やっぱり同居してるって恥ずかしいのもあるし。先輩は思っている以上に影響力あるから」
 つまり私のことを考えてくれてたの?
「周りにバレたらあることないこと騒がれて部活どころしゃなくなると思って――」
「え、理由ってそれ?」
「それ以外の何が――?」
 私は正直に白状することにした。
「私はてっきりあの新体操部の子のこと、好きだからかと思った」
 これがあの時の、私の精一杯の推理だったのです。
「あの子の前で他人のふりしだしたし」
「あれは!?」
「『彼氏いるの?』って聞かれたのも探り入れられてるのかなとか」
 このあとも私の早とちりの言葉はつづくのですが、恥ずかしくて書けません。ただそんな私が恥をしのんで晒す言葉を、大喜くんは笑いで応えたのです。
「先輩バカでしょ」
 なんて言葉を言いながら。その態度に私はまさにプンスカ。それは怒ろうとしても真面目に怒れない、じゃれ合いに近い感情だと自分で思ってた。


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