144 二次小説『アオのハコ』③ 第一話「千夏先輩」、その1
猪股大喜くんは知っていたのだろうか。そのときに淡さから少しずつ熱くなっていった私の想いを。猪股くんが中学の部活を引退してから高等部の部活に出入りするようになったとき、私は早朝の自主練で猪股くんのバドに賭ける情熱に眩しく思い、そして私に対する恋愛を含む憧憬の気持ちにだんだん気づいていった。
だから私は毎朝の体育館で憧れられるお姉さんとして振るまえるように、放課後の部活でバスケの身体的な技術と実践に備えての戦略や戦術、そしてそれを試合で有効に活用するためにどんなチーム作りをすればいいか、チームメイトに角がたたないように意見するようになっていった。そしてそれは私に向けられる猪股大喜くんの熱い想いがなせるわざと気づいたとき、私は大喜くんに恋してると思いいたったのです。
そして猪股くんにチョコ菓子をあげた次の日の早朝、私は体育館の出入口の階段に腰掛け、バスケの本を開いていた。手袋をはずしてページをめくる指が冷えていく。正月ほどの冷え込みはないけどまだまだ放射冷却はあり、頭はいやでも明晰になる乾燥した日差しを浴びていたのです。警備員の人が珍しく不在だったため、書き置きをして体育館が開くのを待つことにしたのです。
でも指が冷えていくのとは対称的に、私の拍動は高まって胸が熱くなっていく。もしかしたらと私の願いは、ほどなく叶えられたのです。いつも通りの時間、右目の視界の端に入ってきた猪股くんは、私から少し距離をとった壁に身をあずけたのです。前方はもちろん後方にもニュータイプのように気を配らなければならないバスケ、私はその気の使いように感謝をしつつ、もっと近づきたいという欲もあったのです。でも最初に私のほうから気軽に話すことがなかったため、猪股くんは私の自主練の邪魔をすることはなかったのです。
そんなことを考えてたらくしゃみを一つしてた。首は保護してるけど耳と手から熱が逃げていき、バスケを本格的に始めて短くした髪の毛も仇になってた。冷え性になりやすい私の身体、すぐにでも動かして温めてあげたかった。
「あの、これ良かったら使ってください!」
元気だけど緊張してる大喜くんの声。私に惚れてるのが丸わかりだった。
「それと」
そう言って大喜くんは手品のように、様々なものをバッグから取りだしてくれた。
「あったかいお茶! この水筒、保温効果すごくて、あと手袋とホッカイロ!」
そして実際に振ってみせてくれたあと、大喜くんは恥ずかしがってしまう。私はそれに微笑ましく思え、耳と手に血流が走ってることに気づいたのです。だから私は小首を傾げて大喜くんを見つめ、
「次は何を持たせてくれるのかなって」
と言ってあげたのです。焦っておろおろする大喜くん、バドでの真剣さとは違うお茶目な面が見れて嬉しくなったのです。
「冗談だよ。気漬かってくれてありがとう」
だから大喜くんに、親密な人にむける素直な笑顔でお礼を言うことができたのです。
「ぶわっくしょん!」
そんな派手なくしゃみをした大喜くんに私はマフラーをかえし、大喜くんの首に巻いてあげた。まだ指先は少しかじかんでたけど、マフラーをむすぶくらいなら何でもない。
「私は大丈夫だから、あったかくしてなさい」
まるでお姉さん気取りの台詞。だから私の大喜くんへの、恋に成長していくあたたかい想いに気づかなかったのも無理ないかも知れない。でも私はこのとき、大喜くんに親切ができることにうわつくほど嬉しい思いになっていたのです。
それを見計らったように警備員の人が来たので私は立ち上がり、決定的な言葉を口にできたのです。
「風邪ひかないようにね、いのまたたいきくん」
「なんで名前――!!」
「さあ、なんででしょう?」
戸惑う大喜くんに私はなぞかけをしてあげたのです。
「いいお母さんだね」
そして大喜くんはマフラーの縫いつけラベルに自分の名前がひらがなで書かれていることに気づいたはず。それに恥ずかしがる大喜くんをありありと思いうかべたけど、それにもう一つ意味があったこと、私はいまでも思いだして笑ってしまうのです。ヒント。猪股くんのお母さんと私の母が同じ英明の女バスだったこと、私は猪股くんが気づくずっと前に知ってたのです。