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239 二次小説『アオのハコ』51 第十三話「ラリーしたいです」、その3

 いのまたたいき、私にとってその名前はこの時点でちーや健吾に次ぐ特別な存在になっていた。といっても初めて会ったのは健吾のインターハイ出場のこの日から遡ること二週間、花火大会の日だった。でもそれ以前から私の恋人健吾、一番の親友のちーから全く違う側面をそれぞれ聞かされていた。
 健吾からは中三が高校の練習に参加が許されたその日の夕方、ちーからは日本に残って居候することになったと報告してくれた日。こう書くと健吾の方が早く知ったみたいになるけど、実際はその差は部活の時間内。猪股くんがバドの練習に参加した日、健吾が試しに対戦したけど、ちーもその時点では名前を知らなかったけど印象に残る出来事があったと、居候のことを報告してくれてから明かしてくれた。
 でもその話題は追々語っていくことにして、今はバド会場の出会いの直前から。私はスマホで九州のちーと連絡をとっていた。
「あ、ちー。今バド会場に来たとこ」
「本当に行ったんだ。健吾くん嫌がるんじゃない?」
「そんなこと言わせないわよ。こんな綺麗な恋人が来てやったのに」
 こんな軽口が叩き合えるのがちーとの関係だった。
「じゃ、これから会場に入るから切るね」
「うん」
「試合頑張ってね」
「わかった」
 ちーへの激励を忘れなかった私だったけど、ちーの受け答えはちょっと小さかったか、震えてたか? 私はそれを初めてのインターハイ出場からくるもの、
(ちーも緊張してるんだ。当たり前か)
 と思ってすぐその感慨を忘れけてしまった。花火大会で初めて会った健吾とちーの共通の知人、いのまたたいきくんが視界の隅に入ってしまった。健吾とちーからさんざん聞かされてきた一学年下の男の子、初めて花火大会で出会って興味が出てきた頃だった。私の恋人は健吾だからそういう関心はなかったけど、ちーのためにもどういう男の子か見極めてやろうという気持ちはあった。
「いのまたたいきくん?」
「花恋さん!?」
「ちょうど良かった! 今ね、ちーと電話してたの!」
 私は自分のスマホを差し出してあげた。とはいっても…。
「代わる?」
「もしもし」
 すでに記したように電話を切った直後。何も音がしない。
「あごめん、切れちゃった?」
 それを知ってしらばっくれる私も相当いたずらっ子だ。
「ごめんごめん。好きな人と話したかったよね」
「いえ…、なんで好きって!?」
「今のリアクションでわかった」
 だから私は策士だ。ちーから「大喜くんが自分に気がある」と聞かされてきたのに、敢えて本人から問いただすんて。
「いつから好きなの? 同居する前? した後?」
「同居のことまで知ってるんですか!」
 猪股くんにとっては衝撃だったようだった。だから私は安心材料を言ってあげた。
「その辺のことは千夏から聞いた」
 しかしお年頃の男女が同じ屋根の下。
「大変だねぇ。好きな人との共同生活。心休まらないんじゃない?」
「大変なんてことは…」
 …、そこに猪股くんの気持ちが表現されてると思った。
「大丈夫? ちー上手くやってる?」
「気遣いすぎなくらいですよ」
 それで猪股くんは家の物キレイに使うとか、洗い物とか積極的に手伝ってるとこを言ってくれた。ちーらしい。それだけならネタとして面白くもなんともないので、ちーの数少ないコメディネタを振ってみた。
「たまに無を見つめたりしてない?」
「それはしてます」
「かと思ったら私がお菓子食べ始めると、こっちを見つめて来たり」
「目で訴えがちですよね」
 やっぱりやってるんだ。
「あの千夏先輩の周りだけゆっくり時間流れてる感じ、イヤじゃないですけどね」
 これが猪股くんなんだ、なるほどなるほどと私はこの時、合点がいった。
「たしかにこりゃ、一緒に住めちゃいそうだな」
 私はそう独り言ちていた。

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