158 二次小説『アオのハコ』⑭ 第四話「あいつが勝ったら」、その1
私が猪股家に居候をはじめてから一か月あまり。この日も私が朝食をとってるときに大喜くんが降りてきて、一緒の食卓に座る。大喜くんとは一緒にインターハイを目指す、右足首にミサンガをむすんだ仲。でも二人だけの秘密で、私は大喜くんを好いていて私から見れば大喜くんの私への好意はバレバレだけど、表面的には仲のいい姉弟のように暮らせていた。それがいつ崩れるのか、見当もつかない平穏な時期だった。
それがちょっとでも崩れたのはおばさんが洗濯してテーブルに出しておいてくれたジャージ一式、この日は5限が体育だったけど、教室で昼食を摂ったあとで確認したら縫い付けが猪股だったこと。確か大喜くん、起きたのは私より遅かったけど家を出たのは私の前だった。私も無造作にテーブルに2セット置いてあったジャージの残りを放り込んだけど、大喜くんが間違えて鹿野の縫い付けの方を持って行ってしまったのが原因だった。今までそんなことなかったのに、うわついていたか油断したか、私はバッグから机にだす寸前でそれに気づき、あわててバッグに戻したのです。
「なに千夏?」
私の挙動に問いかけた女の子がいたけど、すかさず、
「お手洗い」
と言って教室をでた。取り敢えず緊急事態だと、私はLINEで連絡する。
>私のジャージ/間違って持って/行ってない?
すぐに大喜くんから連絡がきて、視聴覚室で落ち合おうと言ってきてくれた。そこは大喜くんの一年の階。私もすぐに行こうと思ったけど、はたと思いつく。視聴覚室は公共の場、先約のある危険性を思いいたったのです。別にどこが使っているか知っているわけではなかったけど、バスケ部の勘。私は無駄足になるといいなと思いつつ、私のクラスとは別のクラスに足を運んだのです。
私はすぐに天文部の人から鍵を受け取り、私の落ち合い場所に向かう。そしたら悪い予感はあたるもので、視聴覚室は新体操、そう蝶野雛さん率いる新体操部がミーティングに使っていたと連絡がきたのです。しかし私はすぐには私が選んだ場所を大喜くんに連絡しなかった。二人で落ち合うところを他の人に見られたらまずいし、私のアイデアをより有り難がってもらえる寸法でもあった。間違えたのは大喜くんだし!
だからしばらく放置プレイしたあと、私は屋上にでる扉の前で大喜くんに助け舟をだしたのです。
>西口側の/屋上に来て!
扉を開けると風が強い。学校より高い建物はないから風が自由に行き来できる。その風は春一番のころよりは高い温度だけどちょっとした運動で汗をかいた身体にはここちよく、フェンスまでは遠いから下界は見えなく、青い空に少しの白い雲がただよう快晴だった。私は眩しさに目をほそめる。この青空のもとで野球部とサッカー部が、私たち女バス、バド部、新体操部は屋根のある舞台の中、この夏を目指してそれぞれ活動してる。
そんな感傷にふけって出入り口の塀に三角座りしてすぐ、強く扉がひらく音がしたのです。
「あ来た。良かった! 合流できて」
「なんで屋上の鍵…」
「天文部の友達に借りたの」
有り難く私のジャージを受け取り、何のてらいもなく大喜くんに笑顔をむけてたのです。後から考えたらそんな笑顔をむけられてしまったら…ですよね。
そして予鈴。だから私はその場でジャージに着替えだした。大喜くんを弟と見過ぎていたか、別に肌を晒すわけではないと高をくくっていたか、今思い出してみると「なにやってんだか」。でもこの時は女子のぬぐ動作だけでも(中にシャツがあっても)男子には目に毒ということがわかってなかった。部活に集中して恋愛に興味がいかず、男の子のことを実感としては知らなかった私の失態だった。
「何してるんですか!?」
「時間ないからここで着がえようと思って」
「ここ!!??」
ドン引きするよね大喜くん。今になってこのときの大喜くんに謝ります。
「大丈夫。運動部女子は何処でも着替えられるように鍛えられてるから」
そういう問題じゃない! このときの私!
「俺は中にいますよ!」
本当に大喜くんには悪いことをした。大喜くんが私に惚れてること、わかってたはずなのに。そして私は大喜くんの視界の外で堂々と着がえたけど、その音さえ大喜くんには毒だったみたい。その毒が大喜くんにどんな反応を起こしたか。大喜くんの自尊心にも関わることだから明言は避けておきます。そして
「おまたせ」
と言って堂々と大喜くんにジャージ姿を見せたのです。
「大丈夫?」
「あと10秒遅かったらやばかったです」
私はスルーも何も、それが何を意味してるかわからなかった。
「行こっか」
「先行っててください」
「わかった。ありがと」
私にとっては何でもない大喜くんとの一コマで思い出すのに苦労したけど、大喜くんにとっては私の身体を想像させてしまった罪な出来事、しっかりと記憶に刻まれたというのです。