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148 二次小説『アオのハコ』⑦ 第二話「インターハイ行ってください」、その1

 そして予定通り三月半ば、私のお父さんとお母さんは成田空港から地面を走らない交通機関の乗客になったのです。でも一人娘の私を気遣って、そしてお父さんとお母さんもすぐに別れるのは忍びなく、乗る飛行機を午後遅い便にしてくれたのです。
 両親は社会人としてより活躍するため、私は日本に残ってインターハイという約束、目標のために邁進するため、この別れはお互いの目的のためと思うことができたため、笑顔で私は二人の後ろ姿を見送ることができたのです。それに対してお父さんとお母さんは何度も振り返り、笑顔を見せてくれたのです。もちろん私はその笑顔に心配と心細さ、そしてこれで良かったのかという逡巡がかすかにあったと見逃さなかった。
 今さらながら大変な決断をしてしまったとわかってしまう。しかしこの気持ちのまま帰る、もしくは行くわけにはいかない。とはいっても時間は十分ある。私は電車のなかで目をつむり、なぜこのような状況になったのか、今一度思いだしてみる。日本に残りたいという気持ちは海外赴任の話が出たころからあった。でも決断できたのはあれを思い出したからだった。そして思い出すきっかけは。そして私は目を開けて窓外を見、これで良かった、自分を信じようと思えたのです。
 そして夕方、三月半ばだからちょうど黄昏れ時、私鹿野千夏は猪股家の玄関を開けたのです。大喜くんとそのご両親、そして前回は顔を合わせられなかった父方の祖父、大人三人と同年代の一人に迎えられたのです。
「今日からお世話になります。鹿野千夏です」
「ようこそ。猪股家へ」
 おばさんがいの一番に笑顔で迎えてくれた。猪股家で私のために一番に動いてくださったのが大喜くんのお母さん。この初日も気持ちのいい出だしになるように取り計らってくれたと思うことができた。それに対して内心恐縮しつつ、奥に顔が見える大喜くんに一瞬目をむける。茫然自失か焦っているのか、およそ部活で見せるはつらつや一生懸命とは思えない表情だった。
 私はそれに気にしつつも部屋に案内してもらうのが先だった。私は玄関でジャケットをぬいでトレーナーになり、おばさんに案内されて階段をのぼる。そのあいだも私が緊張しないように話しを絶やさず、人懐っこい対応をしてくれた。
 そして部屋に入り、机の手前にある椅子にすわって伸びをする。別れと出会いが立てつづけに起こり、様々な感情が整理できないまま押しよせた一日だった。でも今日から私の城になるここで少し気持ちを落ちつかせる。確かにおばさんを含め猪股家の大人たちは私を暖かく迎えてくれた。いや、その善意を疑っているわけではなかった。そうではなく、やっぱり私が心を許せるのは大喜くんと思うことができたのです。
 そのあとでおばさんと台所に立って私の歓迎会のお寿司を食べ、その最初の日に湯船に浸かったのです。それもおばさんの配慮と思えた。最初に一緒に住むための重要なことを経験してもらって、いち早く慣れてもらうこと。直接は言わなかったけど私はそういう意味だと察することができたので、恐縮することなく思い切って、居候初日にその家のお風呂に入ったのです。その次に入るのは大喜と事前に言ってくれて助かった。私は安心してノックをしたあとドアを開け、大喜くんに声をかけられたのです。
「大喜くん。お風呂どうぞ」
 大喜くんは一瞬振り返って私を見たのはわかった。でもすぐにマンガ雑誌を手にとって開く。
「これ読んだら行きます」
 それに私は背後から近づいたのです。
「もしかしてそれ今週のジャンプ?」
 私も勉学や部活だけに夢中になってるわげはない。SNSで話題の情報を読むことはあるけど、マンガも大好き少女だったのです。
「引っ越しでバタバタして、今週まだ読めてないんだよね」
「良かったら貸しますよ!」
 大喜くんは私と面と向かったあとで後ずさり、ジャンプを差し出してくれたのです。
「いいの?」
「勿論」
 私はにやけるのを抑えられなかった。
「ナンスカ」
「んー、良かったぁと思って」
 だから私は肩ひじ張らずに素直な言葉を言えたのです。
「やっぱり人の家で暮らすのは緊張するし。親同士は親友でも私は数回会っただけで。だから朝練で見かけてた大喜くんがいてくれて」
 私は感謝の気持ちを伝えていたつもりだった。
「こうしてジャンプ貸してくれて。安心した」
 そして私は気持ちよく大喜くんの部屋を後にしたのです。しかし。
 しかし、今から振り返ってみれば笑ってしまうけど、年頃の女の子が同年代の男の子に言うにはあまりに残酷な言葉だったと、その時の私は全く気付いていなかった。いや、私もクラスの女の子からそれこそ露骨な体験談を聞かされたことがあり、高校生男子は性欲の塊と、普段はそれを必死に隠してるとさんざん聞かされたことがある。そして大喜くんも例外でないと察することができた。でも大喜くんならそうなっても大切に扱ってくれると、そういう意味で「安心した」と言ったつもりだったのです。
 私はすでに大喜くんに恋してた。でも私が年上でインターハイが日本に残った理由でもあり、その想いをどう扱っていいか考えあぐねていた時期だった。でも自分の煩悩に罪悪感があった大喜くんは「安心した」を恋人候補として観ていないという意味にとったらしいのです。この物語を小説として構想する以前、大喜くんと私は当時のことの暴露合戦をしたことがあり、それは大笑いの連続だったのです。




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