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149 二次小説『アオのハコ』⑧ 第二話「インターハイ行ってください」、その2

 ここで少し振りかえって、これまでの話しがどの時期のものか確認しておきます。まず私がエルボーパスで大喜くんのおでこに当ててしまい、駆け寄って手をあてたのは一月のこと。その翌日に体育館の出入り口で大喜くんと一緒になり、前年来一緒にそれぞれ早朝練習してたのに、初めて世間話をすることができた。
 その日は放課後練習の一時休憩で監督からマスコミ対応を聞かれ、さらに私が一人体育館に居残ってシュート練習をした日だった。実はその前日、つまり私が大喜くんのおでこに触れることができて幸せな気持ちになれたその日の夜、お父さんの海外への準備を本格的に始めるとお父さんから告げられたのです。だから私は次の日の夕方、大喜くんに「今は少しでもボールに触っていたいんだよね」とメランコリックな表情で言ったのです。
 結局私はその日、大喜くんからの言葉を得て、お父さんとお母さんに日本に残りたいと言えたのです。
 そしてとんで三月初め、その間に私が日本に残る準備が終わり、大喜くんから「インターハイ行ってください」という言葉をもらえたのです。その次の日が大喜くんに内緒にしてた、猪股家へ我が鹿野家がご挨拶に行く日。そして前回の内容、私と私の両親との空港での別れと私の猪股家の第一日目が三月半ばのこと。つまりここまで私も大喜くんも学校の授業は普通にあって、特に大喜くんはまだ中学校と高校を行き来していた時期だった。
 そして私が大喜くんの家に居候する二日目は月曜日。早朝の私への挨拶のときこそ上がっていたものの、放課後の高校生にまじった部活ではいつも以上に力が入っていた。特に同学年で同じように高校のバド部に出入りしている笠原くんとのゲームでは、入学後すぐにインターハイのための部内戦があるからか、素早く動きまわり、力一杯ラケットをもつ腕を振り切っていた。
 私は一瞥して「やってるやってる」と思い、再び自分のゲームに集中する。私は身長が高いとは言えないからシュート率は高くない。でもドリブル突破は得意中の得意。それで相手を揺さぶりパワーフォワードやセンターにボールを託すのが私のプレースタイルだった。
 今日のこのゲームでもその能力を存分に発揮できたけど、それが通用しなかったのが前年のインターハイだった。さすが強豪校、マスコミ受けが良かった私のプレーを徹底研究し、私のパス先を消す戦術を徹底させてきたのです。その試合で自分のプレーの弱点がはっきりわかった私は、距離があるところからのシュート練習を早朝練習のメインにしたのです。私のロングシュートが使えるようになれば私のパス先を消す戦術も変更を余儀なくされ、それは私のドリブル突破からのパスがふたたび生きる栄明の戦術になる。
 そして私たちの休憩時間、大喜くんはまだゲームをしていた。といってもさっきの試合相手の笠原くんではなく、たしかあれは私と同じ学年。笠原くんは体育館の隅に立ち、一人の女の子を横にして一緒に大喜くんのゲームを観てる。
 その女の子、私からは遠目だけど当時の私の視力は馬鹿にできない。両側で丸くまとめている髪、きっちり閉じたジャージからでも覗く健康的な脚線美。それはまさに高校に入学すれば栄明の新体操のホープとして一気に注目とされるはずの蝶野雛さんだった。そして大喜くんと笠原くんと蝶野さん、中学の全国が終わったころから高校の体育館に出入りするようになり、三人でつるんで話しているところを私は何度も見かけていた。
 そして今大喜くんを見ている笠原くんと蝶野さん。間が空いているから距離があるように見えて、その表情は二人とも穏やかでかしこまっていないように見えたのです。
 そして夜、大喜くんの部屋の開き戸が閉め切っていなかったので手をかけようとしたところ、見かけたのは大喜くんが背筋運動をしているところだった。通常は両手は後頭部に当てたり宙に浮かせるのですが、スマホを見ながらやっていたのです。
「千夏先輩!」
「何見てたの?」
 トレーニングの邪魔をしてしまったけど、私はそれよりも大喜くんの興味があるものに関心がいってしまっていた。
「別に大したものじゃ!」
 そこでうやむやにすることもできたはずだけど、大喜くんは私に正直に言ってくれたのです。
「自分のプレーを撮ってもらったので、その確認を」
「見たい!」
 即座の反応でした。大喜くんのことを何でも知りたい時期だったし、それに大喜くんがどう反応するのか興味もあった。
「嫌ですよ! はずかしい」
「いいじゃん。いつも体育館で見てるし」
 それが殺し文句だったらしく、不承不承だけど大喜くんはスマホを渡してくれたのです。画面は小さいけど私が普段見ている大きさよりは大きい。だから足の速さ、ラケットの鋭さがよりはっきりする。
「すごいよね。こんな速い羽根に反応して、コートの中飛び回って」
「いや。まだまだ遅いですよ」
 目をむけると真剣な目をしていた。
「もっと早く一歩目が出ないと、ショットの正確性も落ちるし」
 私のほうを見ていない。やっぱり大喜くんはバドに対してどこまでも真剣で一生懸命なんだ。私を日本に引き止めてくれたこと、あらためて感謝する気持ちがわいてきた。
「追いつくだけじゃなくて余裕持って打てるようにならないと。これじゃインターハイなんて…」
 そこで大喜くんは言葉を切ってしまったのです。
「インターハイ?」
 私が復唱することになり、私は今日の大喜くんの熱血の意味を知ったのです。
「あ。いや、今のは!」
「言ったね? インターハイ行くって言った」
 私は嬉しくなって大喜くんを追いつめる。
「別にそうは―」
「え? じゃあ行かないの? 私にはあんな風に言っておいて」
 それが最大の殺し文句になると私は知っている。だから大喜くんは私に宣言するしかなかったのです。
「行きます! 行きますよ」
 その表情は多少投げやりだった。私はその気持ちを純粋にインターハイにむけてあげたく、少し待ってもらって自分の部屋に戻って小さな贈り物を見せたのです。
「これよかったら」
「ミサンガ?」
「日本に残るって決めた時に作ったの」
 あの時のセンチメンタルな気持ちが蘇ってきそうになる。でもこの場では柔らかく押しとどめ、私は言葉をつづける。
「願掛けというか。決意を形にしておこうと思って」
 大喜くんは少し戸惑った表情。私はちょっと自信を失いそうになったのです。
「もし趣味じゃないとか」
「いただきます!! 先輩からプレゼント!! しかも手作りっ。一生大切にしなければ」
 受け取ってくれたのは私を悲しませないためだったけど、その後の行動に私は笑っていた。
「それじゃ血止まっちゃうよ」
 まるで止血の要領のようにミサンガで足首を縛り付けたのです。でもそれで私は何の言い訳も必要もなく、大喜くんの足に触れることができた。私はまず固く結んだ結び目をほどく。そして一回目は足首をきつくかぶすけど、二回目の結びになるかぶしは先っぽだけ。そして足首のわっかに小指をかけて、ゆるい固結びを作るのです。それは大喜くんの足にたびたび触れる、私にとって愛おしい時間だったのです。
「大喜くんもインターハイに行けますように」
そして
「できた。ほら」
 大喜くんにした巻きを確認してもらい、私の足首にも同じものがあると見せたのです。
「お揃い」
 その意味を大喜くんに知って欲しくて。そして私は立ち上がって言ったのです。
「大切にしちゃダメだよ」
 この意味は大喜くんは分かってくれたみたい。次の日になっても大喜くんのバドの姿勢に変わりなかった。私も大喜くんに押され、バスケに賭ける気持ちを新たにできたのです。


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