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188 二次小説『アオのハコ』㉛ 第九話「応援するよ」、その1

 結局大喜くんからは翌日におめでとうの言葉をもらった。それは心底私に喜んで欲しい心からのものだったと思うけど、寂しさと口惜しさが混じっていることも私は見逃さなかった。しかしそれに私は何の反応もできなかった。たとえ大喜くんのためになる言葉でも私への「おめでとう」の想いを反故することになる。だから私は無理にでも目一杯の喜びの笑顔で大喜くんの私への敬意と羨望に笑顔で応えたのです。
 そしてこれ以後、大喜くんと私はすれ違いが多くなった。大喜くんは予選前と変わらずにバド部を続けていたけど、私たち女バスのレギュラーは後二ヶ月もないインターハイのため、時間を延長して部活を続けることになったのです。
 と言ってもその言い方は多少語弊がある。確かに私たちのために体育館の施錠の時間を遅らせてもらったけど、それは学業の時間を確保するためでもある。スポーツ強豪校と言っても留年の学生を出すわけにはいかない。監督は顧問の先生と相談し、本格的な練習の前に私たちに学校の勉強をさせ、本人とその親御さんを安心させることにしたのです。
 それに部活の始まりと終わりの時間を後ろ倒しにすることは、いくらかでも真夏の部活で体力の消耗を減らすことにもつながる。私たちはその学校側の配慮に応えるため、インターハイで存分に活躍するため、部活の間は目一杯監督の要求に応えようと全力で動きまわった。
 その間大喜くんの情報は主に針生くんと匡くんから知っていた。バド部では確かに県大会までのモチベーションは下がったみたいだけど、動き自体は機敏で完全復活もすぐそこだろうとのことだった。ただ終わって部室で帰り支度するとき、憔悴しているのが気になるとのことでした。
 匡くんからは視聴覚室などの特別教室や部室などへの移動時間も、蝶野さんと三人で教科書と睨めっこしていると教ええてくれた。私も中学生の時に試行錯誤してきたけど、部活に夢中になるとついつい学校の勉強の時間がとれなくなる。だから私は帰宅して自分の部屋に戻ってからその勉強の範囲を教科書とノートで速読してから、日曜日の友達との勉強で成績を下げないようにしていたのです。
 そして口惜しい大喜くんの気持ちも主に匡くんから聞いていた。その情報は蝶野さんから聞いたものだから私にとってはまた聞きになる。私も本当は大喜くんから直接聞きたかった。気遣いができる大喜くんがそんなことをするはずがない。私自身は大喜くんの口惜しさを聞いても動転しない、動じない自信があったけど。
 そして期末テストが終わり運動部が全力で部活に専念できるとなった日、バド部の部活終わりに匡くんからLINEをが来た。私たちの女バスも普通の時間に戻り、あまり時間をおかずに帰り支度の部室で確認できたのです。
 それによると大喜くんは西田くんが言いだしたテスト後の打ち上げには参加せず、すぐ家に帰ったとのことだった。そこまではいいけどその理由、顔色がすこぶる悪く、それでも帰ってすぐ寝れば回復すると言ってたという。匡くんはそれに引っ掛かり、私にもしかしたら看病が必要かもと言ってきてくれたのです。
 メンタルがやられて体調が悪くなることは私にも経験がある。多分私とのミサンガ、しかも県予選一回戦敗退のダメージをまだ受け切っていない。テスト終了まで何とか持ちこたえようとしていたと私は察することができた。だから私は匡くんに感謝の言葉を告げ、いち早く部室棟のドアを開けて学校を後にしたのです。
 確か今日はご両親、おじいちゃんもいない。先に帰ってたら大喜くん一人のはずだった。陽が落ちてもアーケードの中の空気は涼しくならず、湿度もあるからぬるさとべたつきが半袖から出ていする私の左右の腕にまとわりつく。
 私は小走りしていた。学校から大した距離でなくても久しぶりにじっくり大喜くんとお喋りできる。大喜くんが調子悪いことさえ大喜くんの部屋に長居できる理由になるから、嬉しい気持ちもあったのです。勿論大喜くんを心配する気持ちは本当。来年のインターハイのため、何か言葉をあげたいと思ってもいたのです。それというのも――。
 大した距離じゃないからバスケで鍛えた運動部女子、息が切れることもない。とは言え汗はそれなりに搔き、居間で一休みする必要があった。上り框(かまち)には脱ぎ散らかしたスニーカー一足。いつもはおばさんもいるから最低限揃えてるけど、大喜くんは自分の脱いだ靴を見もせず階段を上がったらしい。私は冷蔵庫のジュースを一口飲み、天井を見上げる。
 私は一息ついた後荷物を持ってそっと階段を登る。そして上はTシャツ、下はショートパンツ。それでは少し体が冷える。だからパーカーを羽織り、大喜くんの部屋のドアを開ける。
 部屋は暗い。もう電気を消して眠ってしまったのか。そんな安堵と落胆を思ったけど夜目に慣れてきたころ、そうでないのがわかった。大喜くんはベッドに横になっていたけどうつ伏せ、顔を枕に突っ伏していた。そして私は大喜くんの後ろ姿全体を確認できた。そう、大喜くんは掛布団やタオルケットをかける気力さえなくしていた。
 私とのミサンガは大喜くんにとってそれほど価値あるものだったと、だから県予選一回戦の敗退がどれほどショックだったか、私はそれを察して嬉しくならないはずはなかった。
「俺ってかっこわりぃ…」
 私はその呟き、大喜くんの自分に対する不甲斐なさの言葉を確かに聞いた。その気持ちは痛いほどわかる。蝶野さん、針生くん、それに私。自分の周りの人が次々にインターハイに行くのに自分だけ何故と。時間が経って冷静になれば自己分析もできるはず。しかし今の悶々としている大喜くんが無性に嬉しい。自分を過信して打ちのめされる、それは中三と高一の私自身の姿だった。だから私は純粋に来年の大喜くんに期待できた。
「そんなことないよ」
 だから私は言葉を上げたあと、部屋の電気を点けてあげたのです。そして額に手をあててあげる。私の額と比べるまでもなかった。
「あつい…」
大喜くんの細胞が病原体を攻撃するのにエネルギーを使っている証拠だった。だからそういう意味も込めて、私はやっとミサンガの同志として感謝と労いの言葉を言えたのです。
「お疲れ様」


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