160 二次小説『アオのハコ』⑯ 第四話「あいつが勝ったら」、その3
そして明けて日曜日、大喜くんのバド、針生くんとのペアの地区大会。家で待っているのは私の性分じゃない。常に日を浴びたい私は友だち、針生くん以外に声をかけてくれる男の子はいないからもちろん女友だち、と一緒に街にでた。部活でバイトをしていない高校生だから大金を使うことはなかったけど、それでも選りすぐりの一着を買って満足できた。
コーヒー店でお茶したあとで暗くならないうちに家路につく。時計、といっても腕時計を持ってなく、スマホを見ると大会の日程が終わってる時間だった。
履歴を確認するとLINE、電話、eメールにも痕跡がない。家には電話しているはずだけど、昨日の一件を大喜くんが気にしてるのは明白だった。好意を寄せている私にきつい言葉を言ってしまったこと、それは大喜くん自身のゆずれない想いゆえのものだったとはいえ、すまなかったと思ってくれていると察せられ、私は家に着くまで楽しみにその結果を待つことにしたのです。
「大喜勝ったって!」
私が猪股家の扉を開けるや否や、おばさんが飛び込んできて大喜くんの結果を教えてくれた。
「良かったですね」
本当は満面の笑みを浮かべたいけど気恥ずかしく、二階でゆっくり大喜くんの勝利を喜びたいと思ってた。でも。
「他にも話したいことがあるから千夏ちゃん、リビングで話さない?」
断れるはずもなかった。私が猪股家にいられるために動いてくれた大恩人。その恩人が私に言いたいこと、それもこんな機会でもなければゆっくり話せないと察せられたから、私は喜んで返事をしたのです。
「もちろんです由紀子さん。着替えるから待っててください」
そして私がリビングに入ったあと、大喜くんが帰ってきたようなのです。
「でも千夏ちゃんも7時まで部活なんて大変ね」
「そうなんですよ。それでこの前大喜くんが」
私は大喜くんが、私のために先に帰ってくれた顛末を話してあげたのです。
「そんなことがあったのね」
「そうです。いい息子さんですよ」
私は正直に、おばさんに大喜くんのことを誉めてあげたかった。
「でも大喜勝ったみたいで良かったわ!」
「練習頑張ってましたもんね」
体育館でいつも見て、見られる関係。それを察して無条件に信じてほしかった。
「家でも勉強しないでラケット振ってるんだもの。勝ってもらわないと」
他人の私のために動いてくれても、やっぱり子どもの親とわかった言葉でした。
「正直心配してたのよね。根詰めすぎじゃないかって」
コミカルな言葉を言ったあと、またシリアスに戻る。おばさんも直球の言葉をつづけるのは気が滅入りすぎるのだろうと察せられた。
「後二年もあるのに、何焦ってるのかしら」
やっぱりおばさんも気づいていたんだ。元女バスの勘、いまだ衰えずと思ってさすがと感じた部分もある。でももちろん、私が話をついだのは「後二年」。
「私も大喜くんに言っちゃったんです。来年も再来年もあるって」
正直胸が苦しくなる。でもおばさんにだけは嘘をついちゃだめだ。昨日の大喜くんとのやり取りを包み隠さず話さなければ。
「その後大喜くん、少し様子が変で」
「いつもじゃない?」
「いや、怒るのはわかるんです」
しかしおばさんに正直になりたいと思っても、あのとき真っ先に思ったことを正直に告げるわけにはいかない。この時点では私、大喜くんの二人の秘密にすべき事柄とわかってた。
「それって『今年は負けてもいいじゃん』って言ってるみたいだなって後から気づいて」
それは本当だった。だから大喜くんは二重の意味で私に失望したのかもしれない。
「別にそういうつもりで言ったわけじゃないんでしょう?」
「もちろんです!」
「なら気にしなくていいんじゃない」
やっぱりおばさんは私の味方だ。だから私は安心して自分のいたらない、情けない部分を晒すことができる。
「そうなんですけど。あれは――私がこの一年あっという間だったなって、感覚がすごくあって」
それは充実してたことの証明だけど、焦りも生じてきた。
「私にはあと一年しかないって思うと、大喜くんが少し羨ましく思えてしまって」
そう、学年で一年しか違わないのに大喜くんを眩しく見ていたのです。
「大喜くんを励ますためじゃなくて、私の不安を吐き出した言葉だったなって、反省したんです」
おばさんは怒りもせず、慰めもしなかった。ただ私をくすぐったのです。
「千夏ちゃん、ホントいい子ね」
「そんなことはっ」
「ピュアピュアね」
やっぱり私は子どもだった。そしておばさんは人生経験をつんだ大人の女性だった。シリアスで終わらせる話しでないと察し、私を茶化して気持ちを浮かせたかったと、今になってわかるのです。
「ただいま」
大喜くんが大声でリビングに入ってきたのはその直後。もしかしたら聞かれたかも知れないと察しつつ、それは都合がよすぎると、私自身が自分の口から言わなければならない言葉とこのとき思ってた。
「あらおかえり。おめでとさん」
「ありがと」
「ペアの子が良かったのね」
「それだけじゃないし。ちゃんと…」
それで顔をあげた大喜くん、お母さんへも私へも目をむけてなかった。
「シングルスでも勝つから」
「そんな高らかに言わなくても」
やっぱりおばさんは突っ込み役。これで猪股家は重くならないんだと、明るい家庭でいられたと、その度量に感心したのです。
「荷物おいてくる」
「慌ただしい子ね。あの自信はどこから湧いてくるのかしら」
昨日とは打って変わり、私は不安を思った。今日の勝利はおばさんの言うとおりペアの子、針生くんと組んだからと、私も察せられた。しかしシングルスでもその実力が出せると驕ったら? 一方で驕りが強欲さにつながり、その時点での実力以上の力を発揮できる原因にもなる。
「ああいう子だから気にしなくていいのよ」
「いえ。私も見習わないといけませんね」
私は後者になることを期待して、おばさんの夕飯づくりを手伝うために立ち上がったのです。