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178 二次小説『アオのハコ』㉕ 第七話「一つちょうだい?」、その2

 蝶野さんの新体操から少し空いた時期、この日が私たち女バスの県予選の初日だった。私も大会は中学の頃から数多く経験してきたけど、初日はやはり緊張する。練習通りに動いて考えればいいと言っても相手がある。しかも公式戦、勝利のために相手も必死になってくるのはわかってるから、そのためのメンタルも強くなければならない。またゲーム始めはどう相手が動くのがわからないから、常に周囲に気を配らなければならない。
 そうはいっても考えすぎも良くないことは、それこそ私が中三で全国に行けなかった苦い経験からわかってる。強豪が相手と必要以上に緊張してしまい、大喜くんが部内戦で針生くんと初めて戦ったときと瓜二つ。前半惨憺たる結果になったため、後半盛り返してもあと一歩、逆転できずにタイムアップの笛を聴くことになったのが私の中学最後のバスケの公式戦だった。
 だから『タッチ』の上杉達也がギャグで言ったように、「相手によってどうこうすることはありません。自分たちの野球をするだけです。投げて打って捕る、それが自分たちの野球です」。はある意味至言で、試合を重ねるたび、練習やトレーニングを積むたびに強くなっていくのは違いないから、それに試合となれば身に付いたことしかできないから、自分たち、栄明の女バスのスキルを信じるしかできないと思うようになっていったのです。
 たとえ伏兵、突破力や動きの鋭い選手がいたとしてもよくフォーメイションを見る。相手が私たち栄明だから先手必勝と思っているはずで、それをつぶせばプランBはないものと察せられ、そこからは私たちのバスケをすればいいと、私たち栄明の女バスは共通認識をもてていた。もちろんな勝ち進んでいくとこんな魂胆は効かないと、監督は注意してくれた。
 その結果、上の私たちの目論見が見事に当たり、点差も余裕がある幅で初戦を快勝できたのです。
「78対54、栄明高校!」
 でも負けて涙をふく相手を見ると、私は毎回罪悪感をもつ。もちろん勝負の世界だから仕方ないし、勝った方が負けた方を憐れむなんて敗者にもプライドがあるから耐えられないと想像はつく。でも私は部活以外では私のいいところと思ってた他人を察する気持ち、それを試合直後に我に返ってしまってやってしまい、毎回心を痛めていたのです。多分それを察し、私の心を切り替えてくれたのが長いチームメイトの渚。
「ナイス千夏ー!」
 この時も毎度の暴挙、公衆の面前で私の両方の脇腹を悪戯してきたのです。
「渚やめてよ。汗だくなのに」
「勝利祝いのこしょこしょじゃよ」
「ナギあんま浮かれるなよ。予選は始まったばっかりなんだから」
「いいじゃないですか。喜ぶときは徹底的に喜ばないと」
 そして渚、先輩にもやりましょうか、だって。半ば作ったキャラクターと私は知ってるけど、私にはそれが嬉しい。
「ま、チームには一人は君みたいなのがいるといいな」
 その先輩の意見に私も同じ思いだったのです。そして。
「ピーー!」
 終了のホイッスル。終わったのは隣のコート、籠原学園の試合。やはり中高一貫校で、昨年私たち栄明が負けた正にライバル校。
「やっぱり決勝であたるのは籠原学園か。昨年の雪辱を晴らさないと」
 私も思いは同じだったけど一試合終わった直後、なかなかその気合いを表情に表すことができない。
「千夏! どうしたボーっとして」
「勝ちたいなと思って」
 だから渚に言った正直な言葉、どれだけ説得力をもったか私にはわからなかった。
「じゃあもっとそういう顔してよ」
「って、どういう顔?」
 突っ込みに対してボケを返す。それが本当に私たちの関係そのもので、私は気持ちを軽くして学校に帰れると思った。
 そして着替え。広間で10分後にバスが出発することを知らされた。
「トイレ行こう」
「うん」
 渚はまだ試合の興奮冷めやらず。
「やっぱりあのパスは――。スリーでディフェンスはーー」
「あ」
「何? 千夏」
 私は左の渚に顔を向けながら、右目にユニフォーム姿を捉えたのを見逃さなかった。
「籠原の人たち…」
 優しい光が縦に長く区切られたガラス面から入るロビーで、一、二、三、四、五人が集まっていた。それを即座に確認し、私は歩みをとめ、渚もそれに倣ってくれた。
「これが今の栄明の試合の映像? で10番が鹿野さんか…」
「大したことないですね」
 私は確かに聴いた。それに続く言葉もしっかり覚えている。
「以前練習試合をした時からあまり成長していない印象ですし。私がつけば問題ないかと」
 それは私が散々付きまとわれて自由なプレーをさせてくれなかった8番、籠原最強のディフェンス。
「正直期待外れです」
 私のそのときのショック、実は口惜しさからではない。
「渚行こ」
「でも――」
「あたるかもしれない学校の偵察するのなんて当然だし」
 私は思いつけたことがあり、冷静に渚を諭すことができた。
「ムカつかん?」
「それを観て何を思おうが相手の勝手だよ。渚だってプロリーグ見てるとき色々言ってるじゃん」
 それで私は渚を黙らせることができたのです。トイレは上の階を使ったので、少し女バスのみんなを待たせることになった。
 そして練習のために私たち女バスは一旦栄明に帰る。そのとき体育館に入っていくblueの私の表情、大喜くんは見てくれていたらしい。でもそれはかなり後になって大喜くんが言ってくれたこと。このすぐ後に私は大喜くんを尾けるかたちになったのです。
 練習の一時休憩か、大喜くんは階段を登っていた。私は音を立てずにゆっくり登る。どこかの階でロビーの椅子にでも座ってくれれば偶然を装って声をかけることができたけど、大喜くんは立ち止まってしまった。何をしてるのかと思ったら、渚ともう一人の私たちの仲間が話しているのを聞いている。私が聞くことができたのはちょっと後だけど、ここは大喜くんの聞きはじめから書き記します。
「私が千夏ならもっと怒ってるよ」
 渚が言ってくれていたという。
「ちょーーっと試合見ただけで『大したことない』『成長してない』とか」
「そんないちいち文句言ってられないでしょ」
 大喜くんは羨望の気持ちで聞いていたという。そしてこれ以降が私も聞いた内容だった。
 大喜くんの向こうを見ると渚はもう一人の女バス仲間と体育館の窓を施錠しているようだった。コートは狭いけど敵味方が入り乱れて動きまわるバスケ、さらに向こうでもじっとしているなら何をしているか推察できる。実は大喜くんも監督に言われて階段を登ってたということでした。
「私たちは知ってるわけじゃん。千夏の家のこと。バスケの――部活のために親戚の家に住んでいるんだよ」
 そう、校長先生と教頭先生、クラスの担任と女バスの監督には正確な情報を知らせていたけど、全ては隠しおおせない女バスのチームメイトにはぼかして事情を教えていたのです。親戚と言えばそれ以上詮索されないと、学校側からのアドバイスだった。
「それがどれほどの覚悟か…いやわかるよわかるよ。相手はそんなの知らないし、試合するのに関係ないって」
 本当に私は渚という友達をもてたこと、感謝しかない。
「でも私たちは鹿野千夏という人を知ってるから、やっぱり腹立つよ」
 大喜くんはこれに、自分たちとは違う世界があると知ったと教えてくれた。チーム競技にはこんな濃密な関係があるんだと。もちろん実際には各学校、各競技でそれぞれだけど、ことこのときの栄明の女バスは私の事情があり、かなり濃密な関係が良くも悪くもできていた。
 そしてやっと大喜くんは私を振り返ったのです。
「ちッ!!?」
「しー。渚たちに聞こえちゃうから」
「何してるんですか。声かけてくださいよ」
「盗み聞きの盗み見?」
 私はボケてみたけど反応なし。やっぱり大喜くんは渚ではなかった。それで落胆するのもおかしいので、私は大喜くんが聞きたいだろうことを言ってみた。
「いいチームメイトでしょ」
「羨ましいです」
 二人のやり取りを見て私も大喜くんも他の感想は考えられない。
 渚たちがやってくれるなら大喜くんがここにいる必要はない。私と一緒に部活再開、階段を降りてくれた。
「渚が言われたわけじゃないのにね」
「気にすることないですよ。他人がどう言おうと、チームメイトの方々は千夏先輩の実力も努力してきたことも知っているし。だから」
「やだ。気にする」
 大喜くんも私の気持ちをわかってない。もちろん大喜くんとこういうことを話す機会がなかったから、誤解されたことに落胆はない。でもだからこそ、大喜くんが私を好きでいてくれるなら、そして私も大喜くんに気があるから、私の本音を大喜くんに知って欲しかった。
「え」
「気にして、そして勝つの。私が籠原戦で活躍して勝てば二度とそんな風には言わないでしょ?」
 あんなことを言われたら私にも意地がある。私は後ろ髪を小さいおさげにして戦闘の表情に戻す。
「籠原が私のプレーを見てそう思ったのは事実だし。だったらプレーで実力見せつけるしかないんだよね」
 私には考えがあった。そして私たち女バスが練習を再開した後、体育館の照明が灯って間もない時間か、大喜くんは針生くんから1ゲーム取ったのです。

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