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205 二次小説『アオのハコ』㊱ 第十話「良くないこと」、その2

 翌朝私はいつも通り早朝練習の時間に体育館に行った。今はテスト休みの期間、日中の部活が出来るから夜間練習はしなくて済み、今日から存分に女バスは体育館を遣えるはずだった。
 でも早朝練習はしたものの女バスも大喜くんたちのバスケも朝早くの時間が終わった後、体育館から追い出される形になった。今日はバレー部待望の練習試合の日、体育委員の渚に頼まれてプールの掃除に駆り出されていた。といっても水を掛け合ったり遊びながらのプール掃除、部活とちがって気軽に楽しめる行事だった。昨日十分大喜くんを摂取して、明日からまた大好きなバスケに集中できるとわかっていたから、目一杯楽しもうと決めていた。
 因みに大喜くんはさすがに早朝練習には来なかった。私はプール掃除で練習できるわけはないから今日は学校来ないかと思っていたけど、フェンス越しに針生くんと西田くんと話している大喜くんを見かけた。すぐ渚とのじゃれ合いで視線を外したけど、しっかりバドのラケバを背負っていた。すぐ帰ったから、今日はバドも休みと知らなかったんだ。
 そして大喜くんはプールに来た。私はプールサイドで靴下を脱ぐ姿を見ることが出来た。大喜くんは裸足でプールに入ることはせず、長靴を履いてぬるぬるの床に足を置いたのです。私は実は裸足で作業していた。もともとプールだし、裸足の方が却って気持ちいいからだけど、大喜くんには悪いことしたと思った。同じミサンガ、それなりに人数がいるプール掃除と言ってもミサンガをしているなんて私と大喜くんだけかも知れない。多分勘繰られるのを嫌がった、そして私を守るためでも、大喜くんは長靴を履いてくれたと察することが出来たのです。
 ではプールの授業はどうしていたかと勘繰ったけど、多分アクセサリーか何かと誤魔化したと察することが出来た。実は蝶野さんが書いてくれた通り、蝶野さんだけは私とお揃いと知っていた。だからその気になれば蝶野さんは私と大喜くんがミサンガの仲と新体操の仲間にばらすことが出来た。でも私たちのミサンガの仲を大切に思ってくれ、親友の大喜くんを大事にしたいと思い、居候している私の身を案じてくれたため、ミサンガの噂を私が耳にすることはついになかったのです。
 多分お父さんの教育の賜物。蝶野雛さんのフェアプレー精神は大喜くんからたまに聞かされたけど、本当に人間としても選手としても尊敬できる人と今になって思う。
「なっ、ちー先輩」
 渚たちと一緒に通りすがった時、声をかけてくれたのが針生くんだった。傍に大喜くんがいるからそのため先輩呼ばわりしたと察せたけど、渚とのお喋りで全く不意打ちだった。
「何の話?」
「いい天気だなって話」
「? うんそうだね」
 絶対そんなことないはず。
「ほんとに」
 大喜くんまで合わせてる。バドに関してか私についてか、針生くんが大喜くんら話しを向けるとすればそれしか私は思いつかない。そして私はその時聞いていなかったから詳細は省くけど、その私の思いつきは結構いい線言っていたと後から気づいたのです。
 プールに水を張って泳げるようになるには12時間かかり、掃除の後は普通に部活を予定していた。私も用具庫に掃除道具を置きに行った後、バレー部の練習が終わった体育館に行くつもりだった。
「大喜くんお疲れ様」
 私が所定の位置に持ってきた道具を置いていた時、やはり多くの用具を持ってきた大喜くんが入ってきたのです。
「お疲れ様です」
「片付けおしつけられたの?」
「は、はいっ」
「仕方ない先輩だね」
 私は大喜くんと二人でいられるだけで嬉しかった。こんなことでも大喜くんとのデート気分を味わっていたこと、当時の大喜くんは全然わかっていなかったらしい。だからこの時間が長く続けばいいという思いもあった。でも片付けにあまり時間がかかるわけでもない。私は泣く泣くその場を退散するしかなかった。
「あ、のっ、千夏先輩! 昨日はありがとうございました」
「昨日…」
 大喜くんから声をかけてくれたこと、嬉しくないわけがない。でも…。「おかげで、熱も下がって…」
「うん昨日ね。どういしいたしまして」
 もちろん私は思い出してしまう。恋人一歩手前のハプニング。大喜くんのぬくもりと上半身の硬さ。そして私を見つめる大喜くんの戸惑いのまなざし。ミサンガから私と大喜くんの物語はこの時のために蓄積されてきたと言いたいほど、あの時の私は大喜くんの熱に当てられていた。それを思い出してしまって大喜くんに正視できるわけはない。
 私は自分の気持ちをどう扱っていいか測りかね、大喜くんには申し訳ないけどその場を離れたかった。
「それじゃ」
 でも大喜くんは――。
「え」
 私の右腕をしっかりと、その右手で掴んだのです。もちろんバドのラケットを持つ方の手。狙った獲物を逃がさないかのように。
「大喜くん――?」
 来るべき時が来た、私は覚悟した。大喜くんが決断するなら、私も誠意をもって対応しようと。

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