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210 二次小説『アオのハコ』㊴ 第十一話「ダサいぞ!!」、その1

 今日は一学期最終日に約束してた、夏休み最初の土曜日の一年生有志での宿題撲滅大会。バドやってる大喜や匡も部活の時間は重なってるし夏休み最初だから他のみんなもあまり予定入れてないしで、かなり人数が集まって一緒に勉強できることになった。
 でも私、蝶野雛にとっては数学が不得意中の不得意なこともありちょうどいいお昼寝時間。座ったまま鼻提灯をふくらませてた。
「雛寝るな!」
「寝てないもん!」
 あくまで白を切る私。
「せつかく集まったんだし集中しようよ」
「けど寝ると、脳が記憶を整理してくれるって」
 あ、寝てたことを白状してる。部活直後だったこともあり、本当に私の脳は機能してない。でも日本語は操れてもこの蝶野雛さまは身体の機能を新体操にカスタマイズしてきたヒトという動物。大脳を機能させる精緻な論理思考を遠ざけてきた学生生活だった。
「だつて数字見てもわからないんだもん。こんなの絶対習ってない」
「習ったよ」
 大喜に真っ先に突っ込まれる始末。それに対して私は何の反論もできない。助け舟を出してくれたのはその正面に座っていた大喜でなく、左に座っていた伊藤くんだった。
「それをxに代入すればいいんだよ」
「だいにゅ…」
 そんな初歩的な数学用語さえ戸惑うのが蝶野雛。大喜さえ及第点は取っているのに栄明で一番の有名人の雛様がこの体たらく。つくづく私は様々なことを犠牲にしてきたと、クラスの皆にもわかってしまう。
 でも私は蝶野雛、伊藤くんが教えてくれる数学的論理に必死に着いて行こうとする。それはこの雛様にとって惰性や定型で出来ることではないから、新鮮な体験だった。でもやっぱりオーバーヒートしたから、ロビーの椅子に寝転ぶことにした。
「何サボってんだよ」
 そこに突っ込みを入れてきたのが猪股大喜。でも気遣ってくれる軽口だから怒る気にはならない。
「サボってるんじゃない。力尽きたんだ」
 そして、
「もう数字みたくない…」
「だからって寝るなよ」
「自分も座ってるじゃん」
 取り敢えず私の脳は視界に入ってきた物の状態の把握はできた。そして外野の声に注意を向けることもできた。
「あー、来週花火大会だって」
「ほんとだ」
「皆でいこーよ!」
 私はその女の子たちのお喋りで、一気に中一の時の記憶がよみがえった。それは大喜ももちろん同じで。
「なつかし。中一の時俺らも行ったよな」
「西条君がおんどとってね。彼、今なにしてるんだろ」
「三高行ってバンドやってるよ」
「わー。っぽい」
 何せ西条だもん。当然あだ名はヒデキでいじられて、けど当人は結構気に入ってたから西条と苗字を言っていたのは教職員で、中学の皆からヒデキと慕われた男の子だった。その彼がバンド活動、何のひねりもないのが却って嬉しくなる。卒業して会えなくなっても自分の好きなことをやっている少年ががいることに、私も嬉しくなる。
「雛と話すようになったのもあの頃だよな」
「そうだっけ」
 やっぱり大喜も同じこと考えてたんだ。むしろ考えてくれていたんだと書いていい所だけど、私はしらばっくれてしまう。それは無邪気なあの頃と三年経った現在では、私の気持ちが変わってしまったからで。そして現在の起点があの頃にあるのは間違いなく、それを大喜に知られるのは怖かった。
 でも小説なのだから、私の思いの起点となったあの頃のことを省くことは許されない。私と大喜の過去だから、千夏先輩に代筆させるわけにもいかない。
「来週花火大会だって! せっかく中学で同じクラスになったんだし、皆でいこーぜ!」
 気持ちいいくらい皆を引っ張るリーダ気質のヒデキくん、クラスの皆は大いに盛り上がった。
「雛ちゃんはどうする?」
「りんご飴食べたい」
 その頃から一緒だった体操仲間の女の子、私はその呼びかけに即答してた。練習あるんじゃないのという確認にも、行く気の満々の私は間に合わせると楽観を答えてた。
「じゅあ行く人、挙手――!」
 そのヒデキくんの呼びかけに思いっきり、元気いい子供のように右手を勢いよく挙げたのです。
「はいっ!!」
  それが大喜への、私からの最初のスキンシップだった。ちょうど匡と続いて、私の後ろを歩いていた大喜の頬に、私の右手の頬がぶつかった。
「あ。ごめん猪股くん」
「大丈夫です。気にしないで蝶野さん」
 そしてこれが初めてした大喜との会話だった。
「もー何してんの」
「だって―、すごい楽しみなんだもん!」
 でもその頃からすでに新体操最優先の蝶野雛、課題をクリアするまでは帰ることは許されなかった。そして私自身、新体操が大好きで、新体操が大好きな自分が大好きだった。
 でもクラスの皆と仲良くもなりたかった。だから六時に終わる予定が30分弱押してしまったこと、今日に限ってと自分の不甲斐なさに焦っていた。そして露店の並びに入って皆を見つける前、予定通り午後七時に一発目が上がった。それは単独でなく、炸裂する前に二発目、三発目が上がっていた。
 光の乱舞とそれに続く野太い音の連打を聴きながら、私は露店を回った。でもこの日だけは自分で解禁するりんご飴は一個も売ってなかった。
(うそーー! 楽しみにしてたのにーー!!)
 仕方ない。私は度々思っていたこと、この時も頭をよぎっていた。体操で結果を出すためには何か我慢しないと。皆と待ち合わせして屋台を回るのも、りんご飴も。我慢我慢。それで私の青春が幾許か損をしているという自覚はあったけど、トレードオフ、諦めるしかないと思っていた。
「はい」
 そこに現れたのが猪股くん。りんご飴を持っていた。
「え」
「買い出し頼まれて歩いてたらラスト一つだったから」
「ありがとう」
 けどなんでりんご飴のこと…。
「あんなよだれ見ちゃったらな」
「なっ。見てたの!?」
「女子のあんな姿初めて見た」
「わーー、やめてーー」
 でもだからこそ、大喜は気安く喋れる男の子になった。
「あれからだ。雛が俺に暴力を使うようになったのは」
 それは今となってはーー。小説の地の文でもそれを明かすのは野暮。ただ大喜は私に自覚せずに言ってくれた。
「でも中一以来部活とかで行ってなかったな。何だかんだ楽しかったよな」
 そう言って大喜は立ち上がって視線を外したから、私もなけなしの勇気をかき集めて言うことが出来た。
「また行こうよ。今年一緒いこ」
 そしてしっかり大喜の顔を見れた。この蝶野雛の想いに気づいてと思いつつ。
「花火大会」

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