182 二次小説『アオのハコ』㉗ 第八話「一本っ!」、その1
女バスの県予選準決の朝、低血圧気味の私は寝起きが悪い。気候が穏やかになって朝の冷えがない時期になっても布団をはいだら部屋の空気の涼しさに晒され、二度寝したいという誘惑にかられる。
「行こう」
そんな時は自ら発破をかけ勢いづいて起き上がる。起き上がれば早朝練習の習慣が身に付いたこの身体、動かしたくてうずうずする。
「おはようございます」
「おはよう」
一階に降りてダイイングキッチンで朝食の準備をしてくれている由紀子さんに挨拶したあと、庭からラジオ体操の音楽が聞こえてきた。私が起きたのが六時半。私が降りてくる途中で耳にに入っていたはずだけど全く聞こえなかった。大喜くんにしても早朝練習がない日は早く起きないから、今日に限って。珍しいことだった。
「健康的だね」
「千夏先輩、おはようございます! なんかじっとしてられなくて」
振り返って見せてくれた表情は明るい元気な笑顔。猪股大喜くん、絶好調!
「もっと緊張とかして、ガチガチになるかと思ったんですけど。いざ当日になってみると楽しみで…!」
私の悪い癖だ。そんな元気を見せられると逆に不安になる。だから、
「私もやる!」
途中からだけど大喜くんと並んで、穏やかに身体を動かす運動に参加したのです。
「今日はダブルスなんだっけ!」
「あ。はいシングルは明日で」
「どのくらいの人がIHに行けるの?」
そこら辺の所は針生くんから聞いていた。
「ダブルスが一組、シングルが二人です」
「狭き道だね」
「それをいうなら先輩だって」
私のことはいい。インターハイでは私の方が先輩だし、今は大喜くんのことを話したかった。
「バスケはチームプレーだから」
「でも籠原学園が強いって聞きましたよ」
「そう。決勝で当たるから勝たないと!」
籠原の名を出された。それで引きずられるのが私、まだまだ未熟だった。
「決勝は明日なんですよね」
「うん。明日――。もう明日だよ」
あれから一年。籠原に敗れて準優勝になり、インターハイを逃してから一年。中三の全国を逃した時と同じパターンになったしまってから一年。私だって不安がある。果たして私の策略、高校生がの浅知恵で考えた作戦が通用するかどうか。
「あの…千夏先輩」
そんなことで思い煩っていたら、横から新たまった声が聞こえてきた。
「明日が終わったら、一つ質問していいですか?」
「? 今じゃなく?」
「はい」
大喜くん、ちょっと深刻そう? 私との関係は悪くないはずなのに…。もしかしたらもっと進展させたいのかもと、大喜くんを慮る余裕があった。そしてこれは本当に余裕で、バスケの油断に繋がることはなく、その意味で後日私はホッとした。
「わかった明日ね。代わりに今質問していい?」
「え?」
「バド部って応援の掛け声とかあったりするの?」
「『一本っ』とか…?」
そうかそうか。私はこのとき底抜けにネガティブな情報を持っていた。それを悟られないためにも、私は思いっきりポジティブな態度を大喜くんに見せなければならなかったのです。
左ひざを曲げ、左人差し指をアオい空に挙げて。
「大喜、一本っ!」
「はいっ?!!」
驚いてる驚いてる。私はそんな大喜くんを右横に感じながら。
「ラジオ体操すっきりするね」
確かに怠けていた身体中の細胞がシャキッとするような、身体全体に適度に血が巡るような、私の身体が今日一日のために目覚めた感じがしたのです。