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177 二次小説『アオのハコ』㉔ 第七話「一つちょうだい?」、その1

 いよいよ六月、インターハイへの県予選の月。私たち体育館の運動部の活動にも熱が入る。といっても予選の部がある日だと体育館は妙に間の抜けた感じがあるけど、それが「頑張ってるんだ」という認識が練習している各部の部員に共有され、さらに部活に熱が入ることになる。
 私たちの女バスも例にもれず、監督の要求はさらに上がり、疲労も元気な運動部女子の私たちでさえ油断すると次の日に持ち込みかねない状況に入った。整体師さんでも注意されたけどこの辺は問題ないですと身体を見てくれる施術師さんに安心させることができた。
 勝利のためにトレーニングを積み、練習を重ねる運動部の状況はそれこそ『巨人の星』の頃から変わらないけど、昭和から平成、令和に変わってさすがに環境は変わったと、元女バスのお母さんが教えてくれた。具体的にはオーバーワークの回避。監督からも今の時期が練習の質と量のピークだと、それが終わって大会直前になったら練習量を軽くすると、女バスの私たちを安心させてくれていたのです。実際、昨年も同じパターンだった。練習が苛烈になる代わり、早く休憩をとってその時間も多くしてくれていた。
 そして私たちが数人で体育館の外で腰を下ろして身体を休めているとき、バドの針生くんと大喜くんが体育館から出てきた。直前でゲームしてたのは知ってたけど二人の表情に変わりない。まだ大喜くんは一セットもとれていないと思った。実際、帰りに確認したらその通りのことだった。
「次からスマッシュ股間狙うから」
「え゛」
 私を含めた休んでいた女バスの五人、針生くんと大喜くんのやり取りをしっかり聞かせていただきました。
「あ」
 その会話を聞かれたとも知らず、針生くんは切り替え早く、同学年の顔を見せてくれる。それにいち早く答えたのはナギ、渚だった。
「おつかれー」
「バスケ部練習きつそうだな。汗だくじゃん」
「大会前だからね。私たち自身もだけど先輩たちにもIH行って欲しいしさ。今が踏ん張り所なのよ」
 先輩思い、友だち思いのナギらしい言い方だった。
「へぇ義理堅いな。女バスは県大会いつからなの」
「来週の土曜日から」
 来週の土曜日、十一日。
「バド部は?」
「十八日でしょ?」
 私が針生くんに先んじて、大喜くんのために言ってあげた。私は大喜くんを気にかけているよと、例え試合を観に行けなくても大喜くんを見ているよと知って欲しくて。もちろん他のみんなには内緒。その言い訳も考えてあった。
「なんで千夏が知ってんの?」
 すぐ突っ込んだのはナギだった。
「学校だよりに載ってたよ」
「あれ読んでる人いるんだ」
「おもしろいよ。校長先生の川柳とか」
 優等生染みていると思われるとわかってたから、あえてボケの話しにそらせたのです。
「そんなコーナーあったの」
 これで明言したわけではないけれど、私と大喜くんは一緒にインターハイを目指す同志だよとみんなの前で言えたと思うことができたのです。
 その日はもう一つ、数え方によっては二つ、残しておきたいエピソードがあった。一つ目は県予選直前のため、持って帰る荷物が多かったことです。ユニフォームやインナー、シューズに水筒など、県予選が始まるまえ一旦家に持ち帰らなければならない決まりがあったのです。
 確かに普段の学校の行き帰りより格段に量があったけど、女バスの私にとってはそれほど苦にならない量だった。でも同じ道を尾行する形になった大喜くんには大変に見えたみたいで、声をかけてくれたのです。
「荷物持ちますよ。重そうですね」
 それは元気いい声だった。
「大喜くん」
 もちろな素直に嬉しかったけど。
「大丈夫だよこれくらい。大喜くんも部活で疲れてるだろうし」
 それに前、私と同じ家に帰るのが恥ずかしいって言っていた。だから自分の荷物は自分で持って帰ると、大喜くんの手を煩わす必要はないと、大喜くんのためを思って遠慮したはずだったのです。でもあれからどんな心境の変化があったのか、このときの大喜くんはそれで怯む男の子ではなかった。
「じゃあテイク2で!」
 ていくつー? 映画? テレビドラマ? 私が疑問符をいっぱい思い浮かべている間に大喜くんは一旦後ろに下がり、もう一回、やり直しのように私に声をかけてきたのです。
「あ」
 何が始まったか、このわざとらしい「あ」に、一瞬私でも戸惑いを隠せなかった。
「バスケ部の千夏先輩じゃないですか、こんなところで奇遇ですね! 家こっちの方なんですか? 重そうですね俺持ちますよ」
 それは大喜くんが昨年の中学部活を引退して高校の体育館に出入りしてから見知り、さらにこの春から三か月の同居にしては他人行儀なものの言い方、それにしてはそれができるのが嬉しそうな大声。
「俺ん家もそっちなんですよ! 荷物お運びしますね!」
 私はその勢いに押されて荷物を渡してしまったあと、やっと大喜くんがやりたいこと、気づくことができたのです。
「なにそれ」
 私のそれは苦笑と嬉しさがまざった笑みだった。それからのやり取りはまるで素人芝居。でもそんな風に気遣ってくれる大喜くんの気持ちが無性に嬉しかった。
「大喜くんのお家もこっちの方なの?」
「そーなんですよ、ぐーぜん!」
「ぐーぜんだね!」
 今思い返してみても微笑ましいやり取り。
「俺ん家二階建ての一軒家で!」
「一緒だ!」
「近くに整体があって!」
「知ってる!」
 ボケだけのやり取り。突っ込みの情報はその私たち二人だけが持っている。その点からも私も大喜くんも愉快だった。
「私今年の三月に引っ越したばかりなんだけど」
「どうですか?住み心地は」
 大喜くんはこう返してくれた。だから私は素直な気持ちを、誰に聞かれても問題ないと思えたので言うことができたのです。
「すごくいいよ! みんな親切で優しくて。フレンドリーに接してくれるし」
 本当に大喜くんのご両親とおじいちゃん、特に由紀子さんには感謝しかない。子供の私にここまで尽くしてくれる大人がいること、こんなことは早々ないと私は勿論気付けていた。
「それに諦めようとした目標にも挑戦できるし。あの家に住んで良かった」
 その私の我がままのために住まわせてもらっていた。だからこのとき頑張る、頑張れていた。でも大喜くん、そんな私の感傷に長い時間は付き合ってくれなかった。その意味では大喜くんはお母さん似。大喜くんは謎のジャンケンをグーで勝ち、すぐ家に着くところを違う夜道に私を付き合わせたのです。
「え?」
「すぐそこなんで!」
 そう言って大喜くんは案内してくれた。
「昔から大事な時はここに来るんですよ」
 それは神社だった。大喜くんはしきたり通り石畳の真ん中を通らず、右側を歩いている。
「勝利祈願して行きましょう!」
「こんなところがあったんだ」
 といっても私がこっちに越してきてやっと三か月。大喜くんにはまだまだ教えてもらうことがたくさんあると気づいた時でした。
「夏になるとカブトムシとれるんですよ」
「虫…コワイ」
 小二のミニバスからバスケ漬けの私、身体を動かすのが好きだったけど自然にふれる機会はあまりなかった。野山を駆けまわることはなく、もっぱらつるつるの木の床で大きいオレンジ色のボールと(有名なサッカーマンガに倣って)友達だったのです。
 私は照明のない境内、大喜くんに付いて賽銭箱の前でならび、お賽銭を投げる。二礼二拍手のあとの私のお願いはここでは書きません。後日大喜くんだけは話しましたがこれは私と大喜くんだけの大事な秘密。私の切なる願いとだけ書き添えておくことにします。


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