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207 二次小説『アオのハコ』㊳ 第十話「良くないこと」、その4

 気が重い。むしろ無駄に時間を過ごし、話すきっかけがなくなることを願ってしまう。行きに告げて買い物から気まずくなる必要はない。問題は帰り道と、スーパーへ大喜くんと並んで行く道すがら思っていた。
 大喜くんはと言えばうまく取り繕っているものの、私から見ればキョドっているのが丸わかりだった。無理もない。私に押し倒されたこと、その次の日に私の腕を掴んでしまったこと、自分でもどう処理していいか、私にどう接していいかわからないとその時私は察していたのです。
 遅くまでやっているスーパーで買い物を済ませ、私と大喜くんは外に出た。
「買い忘れない?」
「大丈夫だと思います」
 私も畏まっている。いよいよ帰り道。いつ言おうか緊張してると自分の心を小突いていた。それで現実逃避、全然関係ないことを口走つていたのです。
「やっぱり、今アイス食べるのはダメだよね」
「アイ、ス?」
「食べたいけど焼きそばのことを思うと…、アイス皆の分もあるし。皆で食べた方がいいよね」
 普段はしっかりしていると言われるお姉さん気質なのに、私はこんな子供っぽい所がある。花恋にも度々言われていた。それに大喜くんは笑ってくれ、大喜くんの手提げから私にアイスを差し出してくれたのです。
「うちではバーベキューの時、好きなものを自由に食べるのがルールなので」
「素晴らしいルール」
 やっぱり大喜くん。信頼できると私はそれだけで胸がほっこりした。そしてアイスの冷たさがまず齧った歯に染みて舌で涼しい味を堪能し、喉から下に冷たさが降りてくる。25℃を下回らない夜の道、それは夏の一つの快感だった。
「大喜くんってお母さんに似てるよね」
 だから喜んでもらいたくてそんなことを言ったのです。
「え゛」
「そんなイヤそうな顔しなくても」
「そりゃ母親に似てるって言われるにはなんとなくイヤですよ」
「明るくてパワフルで真っ直ぐなところとか、そっくりだと思うけど」
 さっきのお父さんと話した時、言ってくれたのです。
「責任なら私も一緒に負うから。千夏ちゃんにはすごく大切な二年なんだよ。今の私たちとは確実に重みの違う二年。その時間を守ってあげられる方法があるなら、力になってあげるのが大人の務めでしょう」
 そう思って有言実行する。そんな由紀子さんがあってインターハイに行けることになった。その感謝を私は一生忘れない。
「千夏先輩はお父さん似ですよね」
 反撃のつもりか、大喜くんはそんなことを言う。
「んー、どうなんだろう。お父さん何考えてるかわからない人だからなぁ」
 話の成り行き上、お父さんに大喜くんの家にお世話になりたいと、相談した時のことを言うことになった。
「絶対反対されるって思ったんだけど。そうか、しか言わなくて」
 あの時、私はお母さんの同席を断った。すでにお母さんや由紀子さんが準備万端してくれたあと、最後に言うお父さんだけは一人で話さないと覚悟して告げたのです。断られたらインターハイに賭ける私の胸の内を洗いざらい晒すつもりだった。
「事前にお母さんが話してくれたからだと思うんだけど。あまりに何も言われなかったから」
 今から思えば私の覚悟、情熱を知ったお母さんが懇々とお父さんに言ってくれたからだと思う。
「自分で決めたんだからしっかりやりなさいって、言われたんだと解釈したけど。口下手なんだよね」
 この調子ならうやむやに出来るかもしれない。大喜くんはどう思っていたかわからない。でも私自身はこの決断を突っ走っていいものか、もう少し時間をかけて判断したかった。でも残酷にも車道側を歩いていた私はそんなに速くないけど後ろから来る自動車への判断が遅れ、大喜くんに引っ張ってもらう形になったのです。
「危ないっ」
 大喜くんのとっさの判断は正しかった。私は礼を述べるべきだった。しかし反動で私の左肩は大喜くんの胸にぶつかり、何よりも私の左の二の腕を掴んだ大喜くんの右手は、私の右腕を掴んだあの場面を思い出させてしまった。
「すみません。俺が車道側歩かないとですよね」
 こうなったら私も引っ込みがつかない。
「大喜くん、この前のことなんだけど」
 私も胸が苦しい。もしかしたら大喜くんを失うかもしれない。それでも猪股家に居候させてもらっている理由。
「大喜くんが熱出した日のこと…」
 バスケのため、出場権を得たインターハイのために言うしかなかった。「忘れよ? 私も男の子と一緒に暮らすってことに対して配慮が足りてなかった」
 でも言いながら、口からすらすら言葉が出てくるけど何か変だった。
「居候させてもらっている身として良くないと思うから。もうああいうことが起こらないように気をつけるね」
 私は重大なミスを犯したとすぐさま気づいた。でももう言ってしまったこと、引っ込みがつかない。この論理で私は大喜くんに対して押し切るしかなかった。線を引くにも言い方があるだろう、鹿野千夏!
 そして明日から夏休みの日、私が渚たちと校庭を歩いていた時、一年のクラスがある二階で大喜くんが蝶野さんと笠原くんと一緒に歩いているのを見た。それはほんの一瞬のことで、大喜くんだけ消えたように見えた。
 それで大喜くんの心がわかった。これまで一歩ずつ仲良くなっていったのは何だったのか、距離が縮むのは良くないことなのか。でも今さらインターハイに集中したいからあの時のことは訊かないでとは言えない。自分で自分の首を絞めてることはわかってたけどこれでインターハイにバスケに集中できると、むしろいい切っ掛けになったと、そう私は思うことにした。


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