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146 二次小説『アオのハコ』⑤ 第一話「千夏先輩」、その3

 そして後日、鹿野千夏本人のインタビュー抜き、校長先生や顧問の先生などの周辺取材だけで今年のインターハイに賭ける私の記事が雑誌にでた。私が挑戦できなくなった事情を知る関係者はその事情を明かさずに、素直に期待を表明してくださり、絶大な信頼を寄せていると言ってくださった。
 それを当然猪股大喜くんも読んで、お茶の間の話題にしてくれるだろう。そしてお母さんからこのような記事にはならないと、鹿野千夏ちゃんは家族と一緒に海外に行ってしまうと告げるはずだ。それが今朝か、明日か。私はその記事に対し大喜くんに謝るはずだった。期待をかけてくれた学校のみんな、一緒に汗を流した女バスのチームメイト、そして早朝練習で一緒にいてくれた猪股大喜くんに対して。見通しでは今日の午後にでも知り、翌朝飛び込んでくると思ってた。
 でも記事がでた当日の今朝、凄い形相の大喜くんが私が一人練習している体育館に入ってきたのです。
「猪股くん、どうしたの?」
 私は悪い女だ。私が海外に行ってしまうこともそれに猪股くんが気づいて止めてくれようとしていることも、全て知ったうえで惚けたのだから。
「千夏先輩、インターハイ行ってください!」
 だから驚きはしなかった。素直に嬉しかった。でも。
「俺は千夏先輩に教わったんです。目標に向かって毎日努力することも。たとえ負けたとしても前を向き続けることも。だから諦めないでください!」
 大喜くんの告白はまだ続いていた。私はすべて覚えてるけど、全部書きしるすと大切な思い出でなくなってしまいそうで、これ以上は二人だけの秘密にしておきます。
 そして私は大喜くんに対し、この場がコメディになってしまいそうな言葉、悪戯っぽさをかくして目をそらし、戸惑ったように言ったのです。
「ごめん、行かないんだ。海外」
「え?」
「正確に言うと両親は行くけど、私は知り合いの家に住まわせてもらうことになって」
 チラ見すると面白いようにキョドってる。そして自分の早とちりに恥ずかしくなったか、退散しようとしたのです。
「ならいいです!」
「すごく悩んだんだよ!」
 大喜くんの恥ずかしがった姿を見なくてすみ、私は悲痛な言葉をかけることができたのです。
「家族と離れるのはやっぱり寂しいし。だけど、中学の部活を…引退したときのことを思いだす機会があって」
 私が高校でもバスケを目指すことにした原点だった。しかし高校バスケが楽しくなり、マスコミ取材でやっぱり浮かれていたらしく、いつしかこの原点を思いだすことがなくなってた。
「全国行きたかったなって。諦めたくないって」
 それなら両親に我がままを言える理由になる。そして私は心からの笑顔で大喜くんに言えたのです。
「君のおかげだよ。ありがと、いのまたたいきくん」
「俺は何も…」
「1on1しよ! 」
 それが私の大喜くんへの殺し文句になったのです。そして大喜くんは言ってくれたのです。
「今度はバドもやりましょう」
「いいよ!」
 そして晴れがましくこの日が始まったのです。

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