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155 二次小説『アオのハコ』⑬ 第三話「ちー」、その3

 授業が終わって部室棟にクラスメイトと行くとき、針生くんは爆弾発言をした。
「ちー、俺のダブルスのペア、大喜になったから」
「え?」
「私が大喜をみっちり鍛えてやるよ」
 そうやって針生くんは早足で一人行ってしまったのです。どういうことなのか。私が覚悟と期待と焦燥によるものだったと針生くんから直接聞いたのは、ずいぶん後のことだった。
 バド部で張り出された紙でも確認し、どうなることかと心配になる。まるで鬼監督のしごきを受けるタッちゃんを心配する南ちゃん。一日終わって確認したらちゃんと監督と相談して決めた練習メニューだったけど。具体的には一日目から、外周、サーキット、フットワーク諸々したあとにゲーム。本当に『タッチ』の高三編。しかもバドの成績は強豪校での栄明ではそこそこの入学したての部員に対して。しかもしかも、
「お前鹿野千夏のこと好きなの?」
 と針生くんは大喜くんの闘争心を焚きつけたという。というのも後で教えてくれたことだけど、どうも針生くんの彼女さんのための買い物で私と一緒に商店街を歩いていたところ、大喜くんに見られていたというのです。私も気を張りつめていれば気づけたはずなのに、針生くんとのおしゃべりが楽しくてほとんど無警戒だった。あれを見られたら大喜くんが誤解するのも当然と、後になって自分の迂闊さを呪ったのです。とはいってもいつも張りつめていたら気が持たないし。
 ここまで読まれた人は私が積極的に針生くんに訊いたと思われるかもしれません。実際はそんなことはなく、針生くんほうから私が心配してるみたいだから言ってくれていたのです。だからしばらく経ったあと、校門を出ていく大喜くんを針生くんが呼びとめたとき、私は嬉しい驚きを感じることができたのです。
 それは確か針生くんのしごきが始まってから一週間ほどあとのこと、すぐ帰るのが名残惜しく校門前でインターハイに賭ける想いをクラスメイトと語らっていた時のことだった。すっかり見慣れたコメディのように憔悴しきった大喜くんが親友の笠原くんと校門を出るのを見かけたとき。
「大喜、お疲れ」
 針生くんは目ざとく大喜くんに挨拶してくれたのです。校門を後ろにむけて気楽に私たちと話していたはずなのに、なんで気づくか驚くばかり。
「お疲れ様です」
 気を引き締めた大喜くんに目をむけたあと、目をもどして見た針生くんの表情、意地悪な笑顔になったのを私は見逃さなかった。そして針生くんは大喜くんをこちらに引っ張ってきたのです。
「今度こいつとダブルス組むことになってさ!」
 大喜くんをどう紹介するのか、ちょっと私には見当つかなかった。
「一年生なんだけど全然ダメダメでさ! 打ち分けは下手だし、焦って攻めにいっては自爆してさ!」
 それで私は直感した。大喜くんを認めたからダブルスを組んだんだと。当の大喜くんは俯いてたけど、私から見ても正直すぎる反応だった。
「けど大喜は強くなると思うよ」
「えっ」
 これで驚くのが大喜くん。針生くんに手玉にとられてる。
「こいつ俺がいくらいじめても、全然めげねーの。これはムリかなーっていうちょい強めのメニューやらせても」
 針生くんってこういう人なんです。
「最後までやりきるし」
「うわどS!」
「針生って期待してるやつには厳しいもんな」
 そこが上杉達也をしごいた鬼監督とちがうと言えば言える。
「別にンなことないって」
「あるよ。どうでもいい奴は基本無視じゃん。な西田」
そしてわかったのです。大喜くんをこの場のみんなに紹介するふりをして、一番知らせたかったのは私にだと。私を喜ばせたくてやった一芝居だと。だから私は口パクで大喜くんに言ってあげたのです。
(すごいじゃん)
 そんな笑顔をむけても大喜くんは戸惑ったようなぼんやりとした顔をしてた。でも学校でも家でも顔を合わせてきて、嬉しくないわけはないと察することができた。バドに対してどこまでも真面目な大喜くん、針生先輩の期待あと激励にどう返していいかわからなかったんだと思う。
 そして一通り大喜くんを酒の肴に話し込んだあと、針生くんは決定的なスマッシュで大喜くんを打ちのめしたのです。
「あ。彼女からLINE来てたわ」
「へえ彼女…針生先輩彼女いるんですか!!?」
 この大喜くんのびっくりよう。そして針生くんが大喜くんを焚きつけることができた理由。この時点ではただ楽しく話していたという理由しか思い浮ばなかったけど、大喜くん、私と針生くんが付き合っていると誤解してたと察することができたのです。
「先週から。ずつと好きだったんだけど。向こうが芸能活動っぽいことをしてて」
 諦めようとしていたところ、彼女さんから告白したのだという。まるでドラマと私は羨ましく聞いてたけど、大喜くんは目が死んでた。
「かっこいいんだよな。小さい頃から夢のために一生懸命で。ちーこの前ありがとな。化粧品とか一人で買いに行きにくくて」
「いいよ」
 私もポーカーフェイスで返事できたから悪い女だ。でも私を信じなかった大喜くんが悪い。
「お前に彼女ができるのは、まだかかりそうだな」
 大喜くんに対してこの上ない意地悪な台詞、それも当事者の一方の私がいる前で。大喜くんもこのとき、全部わかった上でと感づいたという。他の人には気づかれていないとはいえ、私も針生くんの小悪党ぶりにいろんな意味で苦笑いしてしまった瞬間だった。


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