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153 二次小説『アオのハコ』⑪ 第三話「ちー」、その1

 針生くんは芸能活動をしている彼女さん、私は同居先のお子さん、といういい方は他人行儀ですね。大喜くんについて他愛ない話をする。それはお互い、タイミングが合えば叶えられたかもしれない穏やかな感情の会話だった。でもお互い好きな人が別にいるからこそ、打ちとけて話せるということでもあった。この空間をこわしたくなくて、それに今日の買い物は針生くんが主役だったから、大喜くんがどこまでいけるかは訊かないことにした。
 それは翌日の放課後の部活でも同様で、私は大喜くんから針生くんのバドの実力を聞いていたから、休憩中に純粋に憧れの対象として仰ぎ見て針生くんと話していた。
 そして練習再開。バド部を見ると大喜くんは強いショットを打ったところ。しかし相手が返し、そしてすかさず走り出す。そのインターバルは本当に短い間で、それでも大喜くんは自分で遅いと言っていた。私はそのバドに賭ける情熱に、大喜くんは信じられると思ったのです。
 そして女バスのこちらはミニゲーム。身体は温まった時期だからお披露目程度は難なく動ける。私は相手のパスをそらせてラインを出させることができた。私がボールを追いかけた先、それはバド部のコートだった。
「すみません。ボール入ります!」
 そう言ってこぼれたボールを拾ったけど、そこはちょうど大喜くんがいるところだった。そういえば大喜くん、家に帰ってからちょっと様子がおかしかった。露骨に私から避けようとしていること、見え見えだったのです。私には覚えがなく、でも何か私がしでかしかと察したから、私から修復させようと思ったのです。大喜くんが
「それじゃ」
 と退散しようとするのを無理やりでも押しとどめて。
「大喜くん、今日部活何時まで?」
「え?」
「家の鍵忘れちゃって。今日みんないないっていうから」
 ご両親とおじいちゃんがいないというのは本当。でも鍵を忘れたというのは出まかせだった。こうすれば私のために動いてくれて、大喜くんの気持ちが晴れることを期待したのです。部活で適度に疲れてるから、嘘と読みとられることはないと思ったし。
「19時ですけど」
「よかった。私も19時までだから」
 これで一緒に帰る約束をしたも同然。私は大喜くんの気持ちが晴れるといいなと思い、優しい気持ちで告げたのです。
「じゃあ」
「ちー。女バスのほうでタイマー余ってない?」
 そこで割り込んできたのが針生くん。でもそのときの私は気持ちのいい別れにならなかったのに引っかかりながらも、針生くんの用事を全然他意がないものと思っていたのです。
「うちの壊れてさ」
「ないと思うけど」
「だよなー」
 ちょっとのあいだ針生くんと話したけど、それに大喜くんが反応したのに私は気づかなかった。針生くんは目ざとく気づき、それどころか脇から入って私と大喜くんの話しを中断させたのも、針生くんの策略だったのです。別に小説のための取材でなく、この時点のちょっと後になって教えてくれました。その種明かし、だんだん書いていくことになります。
 そして19時。女バスの練習が終わって身支度を整え、部室棟をでる。入れ違いに入ろうとしていたのがバド部だった。女バスの部室で待ってたけど。
「ちー、大喜走って帰ったぞ」
 そう針生くんが言いに来てくれたのです。もちろんノックして断ったあとで。
「どうもな」
「何?」
 私が外にでてドアを閉めるのを確認し、針生くんは意味深なことを言ったのです。
「あいつ、何か誤解しているらしいんだな」
「何を?」
 私は訝しい思いで針生くんを見る。何かを感づいているようないやみな笑顔だけどその理由が私にはわからない。その誤解が大喜くんの不審な態度と関係があると感づいたけど。そして針生くんはつづきを言わず、私に帰るように促したのです。
「じゃあな、あいつを労ってやれよ」
 背中を向けてきざに格好つけて。
 帰り道。開けていたら暗くて怖い思いもしたけどアーケードの中、まだ賑わいがあって安心して歩ける。だから大喜くんに対しても何のわだかまりもなく安心して尋ねようと思ったのです。
 そして猪股家の扉を開けると、
「ただい」
「せんぱぁぁぁぁぁい!!」
 私の帰りの挨拶は大喜くんの絶叫にかき消されたのです。せんぱいって、だれのこと? でもそれをいきなりぶつけるのはぶしつけと思いつく。
「どうしたの」
「いや別に」
 背を向けた土下座みたいにうつむいて、私に合せる顔をないみたいな態度。そんな態度とられる覚えは正直ないけど、大喜くんのプライドを傷つけない話しが必要だとはわかった。
「大喜くん、帰るの早かったね。私が帰る時。バド部の人たち部室に入るところだったから」
 私は大喜くんに感謝していることを正直に伝えたかった。
「19時までって言ってたけど、時間押してたみたいだし」
「すみません。俺部屋に……」
 なぜ逃げる! 人が素直にありがとうを言ってるのに。私は大喜くんのジャンパーの裾をつかんで引きとめたのです。
「待って! ちょっと聞きたいことがあって」
 私は敢えて大喜くんを向く。目は照れくさくて上げられないけど、照れる顔はしっかり大喜くんにさらす。
「違ってたら恥ずかしいんだけど、さっき走って帰ってきた?」
 まずは針生くんからの情報でジャブ。さらに今の大喜くんの状態を付け加える。
「汗かいてたからそうかなって思ったんだけど」
 そして私は自分の憶測を、誰にも指摘されたわけでもない考えを告げてあげたのです。
「それって私が先に待ってて、外で待ってたりしないようにかなって…」
 そうだったら本当に嬉しい。でも違っていたら恥ずかしくて何日か顔を見れないかも知れない。でもこんな機会でもないと私の思いを伝えることができない。もちろんどこまで進んでいいかわからなかったけど、このときの私は大喜くんとの関係を少しでも進めたかった。
「だとしたら見事なカバーリングだね」
 それを目を上げて大喜くんの顔をしっかり見て、火照った顔をさらして言ったのです。
「違いますよ!! ただ登下校中もトレーニングしようと思って!」
 そうして大喜くんは家を出ていった。私は逃げたと思った。しかしそれで大喜くんを嫌いになるか? 失望するか? 逃げの言葉を発するまでの一瞬の間、その大喜くんの思いを推し測れたから満足できた。私からしたら元気つける意味もあっての告白でも、大喜くんからしたら暴力的な台詞に聞こえたかも知れない。だから自分で笑いをとって逃げるのも自然な反応と思えた。だから私はこれでいいと、なんだかんだ言って私の言葉は大喜くんの力になると思えたのです。

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