179 二次小説『アオのハコ』㉖ 第七話「一つちょうだい?」、その3
それはインターハイまであと二勝。私たち女バスが監督のもとに集まり、その檄を聞いていた時だった。気持ちは真っ直ぐな大喜くんだけどバドに関しては研究せざるを得ず、針生先輩のプレースタイルを大喜くんなりに観察したと言ってくれた。その結果体力的に劣る大喜くんでも作戦によってはと、思いつくことができたというのです。これ以降は大喜くんからの受け売りです。
針生先輩、大喜くんの主観で語るので先輩とします。針生先輩が厄介なのは予想外の所に返されること。これは私も大喜くんにミサンガを結んであげたひ日から度々スマホで撮った大喜くんのゲームを見せてもらい、その中で針生くんとの対戦もあった。そして見慣れてくると大喜くんとその相手、それぞれのプレースタイルがわかるようになり、振りぬくラケットとショットの方向の関係もわかっていった。しかし針生くんのそれはなかなかわからない。というより私にはなんで、どうしての連続だったのです。
大喜くんはそれを、針生先輩はフォームが変わらないからと教えてくれた。しかも事前にショットが来るだろうと予測した位置に移動すると、決まって別の所に放ってくる。ではどうするか。
理屈ではそんなに難しいことではないと私にもわかった。こっちは移動するのを我慢して針生先輩のラケットをよく見る。そしてラケットそのもの、振りぬきの角度からわかる落下点に移動する。そしてスマッシュを放つ。
言うは易し行いは難しの典型で、それがこのときからできるようになったのは、針生くんには及ばないものの大喜くんもスピードと体力が付いてきたことの証しと思えた。本当にバドミントンが好きなんだなと、私のバスケのことをつい忘れて感心した大喜くんの話しだった。
そしてその日の体育館が閉まる時間になり、真っ暗な空虚な空間となるのを確認する前に私たち体育館の部活組は外に出る。全ての照明が落とされたことは外からでも、街灯と星明りに照らされた私たちの部活の場、窓の部分だけ塗りつぶされたように黒くなっていることでわかる。
でも私たち女バスはすぐは帰らなかった。これからの二勝のため、私はみんなに戦い方を提案するのに残ってくれたのです。私たち2-Bの教室で。私は私たち栄明の一回戦を籠原学園が偵察していたことに触れ、特に私鹿野千夏についてコメントしていたこと。その私についての籠原評が何を意味しているかについて。
「籠原の私に対する評価は低いです」
「それはわかった。確かに全体的に前回は粗が目立ったな」
「ですから監督、みんな。付け入る隙があります」
それはちょうど一年前、いい気になって調子を崩した私が陥った状況だった。あのときはマスコミに騒がれて舞い上がり、プロを数多く輩出している籠原の逆鱗に触れ、私にとっては中三の全国挑戦の再来になってしまった試合になったのです。あと一歩、届かなかった。
その驕りを今度は籠原がしようとしている。もちろん並のスキルではないから次の準決で負けるはずはないが、私たちは一度戦って負けて感覚的にその凄さをわかってる。そして対籠原としていくつかアイデアもあった。しかし私はそのアイデアを次の準決勝では封印するよう求めたのです。そして私自身はセーブするけどオフェンス重視で行ってくださいと。
ちょっと危険ではある。準決で負ける最悪も考えられた。でも良くも悪くも栄明の女バスで信頼を得てしまっている私、力説すれば自分の意見が通るとわかっていた。だから聴き手に回ることも多かったけどこの件は私に直接関わることで、今の栄明の女バスならやってくれる実力はあると信じられ、自分の意見を押し通したのです。
そして私の望み通り、女バスのみんなは覚悟を決めてくれたのです。
そして下校。下駄箱のある玄関から出ると蝶野さん、そして同じ新体操の女の子、二人してが連れ立って歩いていた。蝶野さんも知り合いなので無視する訳にもいかず、そして私も蝶野さんと話したかったので声をかけたのです。
「蝶野さんも今帰り?」
「千夏先輩もミーティングですか?」
「うん!」
渚も連れ立ってくれて、私たちは四人で校門をでたのです。そのときした世間話はここで触れるとちょっと脱線気味になる。だからここでは置いておいて、蝶野さんと道が分かれる前、コンビニの前で針生くんと西田くん、それに山本先生が立っていたところから始めたいと思います。
そっちに行こうといったのは蝶野さんの連れの女の子。その子は数学教師の山本先生テストに教えられた範囲外が出たと文句していた。山本先生はバドの顧問だから一緒にいるのは不自然でないけどこの日は先生の気まぐれ、正確に言えば口が上手い西田くんに乗せられて奢らされる羽目になったのです。そして後から来た大喜くんと匡くんにも西田くんの口八丁で奢る羽目になり、千円札を持ってコンビニに入っているとのことだった。
大喜くんと匡くんが出てきたのはそんな会話が終わったすぐ後。蝶野さんが訊くまでもなく、大喜くんが買ったのはからあげと見て取れた。量が多いから一人では食べないけど私も女バスの練習でどうしようもなくお腹が空いた時、夕食前の間食に渚たちと分け合ったことがあった。お父さんが転勤なんて考えられなかった高一の春から、そして猪股家に居候させてもらって高二になってからも一回だけ。
外はカリカリ、中はやわらか。そして肉汁が大量に出るその味は日をおかず食べたくなるほど。もちろん由紀子さんの手料理があるしバスケで疲れるとは言ってもあまり身体が大きくなるのも考えもの。力は強くなるけど動きが鈍くなるのを恐れ、私も買い食いはなるべくしないようにしてたのです。しかし。
「いいもん食べてるじゃーん!!」
新体操のために食事やカロリーにこの中で一番気を遣っているはずの蝶野さんが、真っ先に大喜くんの唐揚げに手を出したのです。
「カロリー気にしてるくせに!」
「タンパク質だもん!」
「揚げ物舐めるなよ」
おさるさんのじゃれ合いにも似た二人のやり取り、私が羨ましく思わないわけがない。
「最終日差し入れ持って行ってあげるから、ちゃんと勝ち残りなさいよ」
そしてこんな捨て台詞、意識的か無意識かはどちらでもいい。私への(明るい)宣戦布告に違いなかった。
「雛さま特製弁当作ってあげる!」
蝶野さんは元気いい。私にはとてもできないアプローチだった。
「千夏先輩は奢って貰わないんですか」
でも雛ちゃんが去ってくれて、大喜くんは私に声をかけてくれた。
「もうお金ないんだって。だから」
私はもの欲しそうな顔で大喜くんににじり寄ったのです。
「一つちょうだい?」
このときの大喜くんのドギマギ、蝶野さんに見られなくて良かった。大喜くんは串に刺した唐揚げを私の目の前に持ってきてくれ、私は唐揚げと大喜くんの指の間をつまんだのです。ほんのささやかだけど、大喜くんの指に触れることができた。
「どうぞ」
「ありがとう」
お馴染みのカリカリ、やわらかさ、ジューシー。大喜くんからのプレゼントと思えば俄然やる気が出る。
「そんなに食べたかったんですか」
「うん。蝶野さんを見て、羨ましいなって」
後の台詞はとても面とむかっては言えない。
大喜くんと同じ向きで、確認するように言った言葉だった。
「えっ」
それで大喜くんは驚いてくれた。私は満足することができ、感謝の言葉を次げることができたです。
「ごちそうさま。これで試合も頑張れるよ」
その直後に渚に言われたから離れたけど、大喜くんも頑張ってください、そう心に念じてた。その想いが大喜くんに届いて力になりますように。私は本気で思ってた。