154 二次小説『アオのハコ』⑫ 第三話「ちー」、その2
部活の休憩中、休憩室でバドの針生くんと西田くん、女バスからは私ともう一人の女の子と近況を楽しく語りあった。でもそのときの針生くんは一つ隠しごとをしてた。この場の楽しい語らいをこわす必要ないし、大喜くんに気のある私の心配する顔を見たくなかったからと後から思った。休憩が終わってからのバドの部内戦、針生くんと大喜くんがいの一番に対戦したのです。
大喜くんも必死に食らいついている。しかしショットの強さはともかく第一歩の速さ。私も女バスでプレーの速さに対応している身。一緒にスマホを観た大喜くんの言葉を思い出し、大喜くんと針生くんの第一歩を観察した。大喜くんは相手のショット直後に踏み出してたけど、針生くんはまるでニュータイプのように、まるで大喜くんの打つ先を読んでるかのようにショットと同時に踏み出しているように見えた。これがあのとき大喜くんが言った「まだまだ」かと。その先はずいぶん遠い、ちょっと絶望しそうなほど気持ちが沈みかけた。
だから女バスのチームメイトに声をかけられたのを幸いに、自分の練習にもどったのです。女バスの方はまだ軽いメニューだったから時々よそ見することができたけど、自分こそ疎かにできない。レギュラーは確保してるけど目標はインターハイ。他人の応援に気にかける余裕は本来ない。でも…。性懲りもなく見るとインターバル、休憩時間になったみたいだった。バドは時間制でなく、どちらかが11点取ったら休憩というルール。そして逆転でも勝ち越しでも、21点を先に取った方が勝ち。でもこの調子では、とやっぱり一年でインハイは無謀なのかなと、冷たいという意味で冷静な気持ちになってしまったのです。
そして後半。女バスの方も実戦形式になってたからあまり見れなかったけど、点差が開いてない? 見れば大喜くんは大股で一歩を踏み出していた。練習に意識を戻しながら、それなら第一歩の遅れをカバーできる。バスケでもボールを追うときは大股に自然になってるけど、大喜くんは意識しての動きだからかなりきついと察せられた。これまであまりやらなかった動きだから疲れるし、季節の変わり目でもあるからつる危険もある。しかし大喜くんは意地になってる表情で必死にボールを拾い、最後に渾身の一打、スマッシュを絶好の体勢で決めたのです。でもそこで気が緩んだのか、小さい第一歩になったときにボールが拾えなくなり、ゲームオーバーになったのです。実は最後の最後は練習に集中したので観れなかったのですが。
私は終わってしまった大喜くん対針生くん、15対21のスコアを見た。でも針生くんから注意されて見ると今やったのは第二試合。第一試合は7対21。私はそこに急激に成長できる大喜くんのポテンシャルの高さを感じたのです。だから私は同志として、針生くんからラケット二本と羽根を借り、先に帰った大喜くんの後を追ったのです。
「大喜くん、ついてきて!」
「千夏先輩!?」
「日が暮れちゃうよ。ほら早く!」
私は笑顔で大喜くんを振りかえり、大喜くんが追いかけるのを当てにして、、軽い足どりで駆けたのです。部活が終わった直後なのに着替えで少し休めたからか、身体の軽さがもどっている。それは大喜くんと私の未来を祝福しているようだった。
「なぜ公園に…?」
そして私が行きついたのは公園。とはいっても遊具のある児童公園でなく、かといって広い敷地を有する自然公園でもない。ちょっとした広い区画にベンチが数基ある市民にとっての憩いの場。
「それはね」
そこで私は大喜くんに、借りてきたバドの商売道具を見せたのです。
「なんで先輩がバドのラケットを?」
私はラインを書きながら言ったのです。
「この前やろうって言ったでしょ。それに大喜くん、もっと練習がしたいかなって思って」
それは私が毎回思っていることだった。
「ほら試合の後とかが一番やる気でるし」
勝っても負けても自分が上手くいったこと、足らなかったことが明らかになる。だからその興奮が冷めないように、負けたときはその悔しさもばねにして、さらに身体を動かするが私のバスケのやり方だった。
「大喜くんもそうかなって」
そして。
「いくよー」
私のサーブは一回、二回。そう見事な空振りだったのです。それを大喜くんに笑われる始末。
「サーブだけ苦手なの! ラリーはできるから」
でも笑顔が見れて嬉しかった。
「左手動かしすぎなんですよ。左手は落とすだけで」
ラケットを持っていく感じ? 大喜くんの言う通り、羽根を左手からただ落とし、それを目がけてラケットを振る。――当たった!
「さすがバド部! でもこれじゃ私の練習になってる」
「いいですよ、試合で十分打ったんで」
大喜くんの機嫌、明るくなってきた。それで私は勢い込んで、さっきのことを話したのです。
「見てたよ。針生くんとの試合」
「記憶から消してください」
「なんで!?」
私は意外だった。私に自慢したい話題だと思ってた。
「恥ずかしいじゃないですか、負けたのに」
「そんなことないよ。最後のほうとかスマッシュも決めてたじゃん」
「そうですけど」
負けた姿を見られたくないんだ。なんて贅沢な、とは思ったけど、負けん気の強さも大喜くんに惹かれた理由だから、頼もしく思ったのです。でも変に意識すると自信をなくす理由になるから、私はあえて未来を見させる。
「それに2ゲーム目のインターバルのときは11―4だつたのにそこから21点になるまで」
そう、ここが肝心だった。私が目を見張る場面の連続だった。
「針生くんが10点取る間に大喜くんは11点取ってるし」
そこで初めて大喜くんは気づいたみたい。でも、
「負けは負けなんで!」
なんて強がりを言うところはまさに大喜くんらしい。まだ大喜くんの愚痴は続いていたけど、私は自然に笑顔を向けてたのです。
「結果負けたんじゃ」
と言ったあとにやっと顔を上げてこっちを見てくれた。
「何笑ってんですか」
「ごめんごめん。大喜くんって、ホントに負けず嫌いだね」
そして私は大喜くんに教わった通りにサーブする。
「部活で何か指摘されたら朝練でずっとその練習してるし」
入学して正式に高校バド部に入ってからも、大喜くんのバドに賭ける真摯さと無心さ、向上心に私は驚かされつづけてきた。
「針生くんとの試合だって最後まで諦めなかったから後半点が取れたわけで」
だから私は言えたのです。単なる励ましでなく、大喜くんに向けた素直な言葉を。
「だから大丈夫だよ。大喜くんなら大丈夫だよ」
私は軽いショットで返しながら。
「次は勝ちます」
「その調子!」
その大喜くんとの応答で私は満足だった。
そしてスマホの音。表示された時間は18:52。
「由紀子さんからだ。何時頃帰ってくるって」
これまでおばさんと書いてきた大喜くんのお母さん。実はおばさんは他人行儀かもと思い、名前のさん付けに変してたのです。でも大喜くんの関心は私のバッグだった。
「ちー…?」
大喜くんが見つけたのはバッグにかけてあった私のキーホルダー。そこにはバスケのボールとならんで、私の愛称が書いてある。
「あ、これ。クラスの友達にもらったの」
別に私だけでなく、手芸部からのクラスみんなのプレゼントだった。
「クラスのほうでは『ちー』って呼ばれてて」
でも私が笑顔で思い出していたところ、大喜くんは私とのバドのラリーを忘れたかのように失礼とも思えることを言ってきた。
「先輩帰っててください」
当然私は不審の目をむける。
「ほら道中人通りも多いし。それに先輩は気にしてないかもしれないけど。女子と同じ家に帰るのって結構恥ずかしいんで!」
「え」
「俺は素振りでもしてきますんで!」
大喜くんからはそう見えてたんだ。私の方が年上だからそう見られても不思議なかったんだ。今まで少しずつアプローチしてきたつもりだったんだけど。