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141 二次小説『アオのハコ』② プロローグその2~一話アバン

 私は女子バスケ部の部室用具室に入り、まずパーカーの上に羽織ってたブレザーをぬぐ。パーカーとその下の学校指定のセーターもぬいだあと、あらためてパーカーに腕を通す。制服のギャザースカートはバスケのパンツに履きかえる。密閉されてるといっても様々な運動部が同時に活動できるわが栄明高校体育館、放射冷却があった冬の朝は床が特に冷たく、練習用のユニフォームでも運動できる気温ではなかった。
 もちろんストレッチなどの準備運動で身体をやわらかくするけど、それだけで運動に快適な体温にまで上昇してくれるわけではない。だから私はまず、ゴールにボールを投げ入れて服の中に熱が溜まるのを待つ。その次にゴールから遠くはなれてドリブルの練習。もちろんゴールに向かって一直線に走るわけではない。これまで練習と実践でつちかった私の経験値をよりどころに、相手はどんな動きでボールを盗ろうとするか、それに私はどう対処するかを考えながら。もちろん味方はいない一人練習だから、できるだけ突破するよう心掛けながら。
 しかし味方陣地からの一人突破は無理だった。待ち伏せしていたシューティングガードに阻まれ、シュートラインを見つけられない状況になる。いままで何度となく私がやってしまった絶体絶命、しかし私は窮地を脱するひとつの方法を知ってる。プロでもあまりやらないらしいけど一回成功して私の伝家の宝刀になった、肘を使ってのエルボーパス。決まれば相手はまず取れない。
 その日の行き先はたまたま私たちがいつも入る体育館の出入り口だったのです。肘にボールを当てる直前に扉が開く音がしたはずだけど、シャドウプレイに夢中になってまったく気づかなかった。私が気づいたのはバスケットボールが額にぶつかる派手な音を聞いて。一瞬で掛け時計を確認したあと、膝をついて額に手をあてた猪股大喜くんに駆け寄ってた。
「大丈夫!?」
「平気です…」
 言葉は言えるけど白目になっててかなり痛かったことが分かる。私も何年もオレンジ色のボールと付き合ってきて、その重さと硬さの程度は知り尽くしてる。脳震盪をおこしても不思議ではなかった。
「ごめんね…」
 だから私は自然に、猪股くんの額に左手をかざしていたのです。見るとほとんど漫画のように、丸く赤いあとがついていた。でもその時は痛々しさの気持ちがまさり、純粋に猪股くんを心配してた。
「痛かったよね?」
「本当、平気です!」
 でも猪股くんからでてきたのは、私の心配を裏切るような荒っぽい元気な声。
「でも…」
 私は逡巡する。そこでポケットにチョコ菓子をしのばせていることを思いだした。人肌にふれていても溶けることを知らない冬の朝、練習後に口に入れて甘さとサクサクを堪能するのが授業前の日課になっていた。赤い包装紙につつまれたそれを、私のエルボーパスを受け止めてくれたお礼にあげたのです。
「これあげる。その代わり、ボールぶつけたこと許してね」
 それに猪股くんは大げさすぎるくらいのリアクションをしてくれ、私は気持ちよくバスケの練習にもどれたのです。この時だけはボールをゴールに入れることだけに集中できた。

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