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243 二次小説『アオのハコ』54 第十三話「ラリーしたいです」、その6

 続く3ゲーム目。私は驚いた。健吾は兵藤さんにちゃんと着いて行ってる。点差こそ健吾が10点の時に兵藤さんは14点。決定打こそ兵藤さんが悉く取っていたけど健吾も足は動く、ラリーも続く、スマッシュも2ゲーム目までより多くものにしている。
 精度さえ高めれば十分勝機はあると、隣の大喜くんが教えてくれた。
「こんなに戦えるんですね。針生先輩は兵藤さんに」
「そんなことないよ、だいたい1ゲーム目のパターンだった」
「信じられません。これなら大学になれば針生先輩が追い抜きますよ」
 私はこの大喜くんの願望、私への激励でちょっと罪の意識をし、悲しくもあった。健吾が昨年の雪辱から今年のインターハイのために邁進したのは、まさにこのカード、インターハイでの兵藤さんとの試合のためだった。それほど健吾はこの兵藤さんとの試合に賭けていた。その理由、家族以外にはクラスメイトにもバド部の仲間にも打ち明けておらず、唯一別の高校に通う私にだけ告げてくれていた。
 でも健吾の覚醒は遅すぎた。気合十分だったのにこれまでのパターンで貴重な1ゲーム目を落としてしまった。それでは兵藤さんを倒す光明が垣間見えたとはいえ、場数で劣る健吾が勝てる筈がない。健吾のショットはネットに阻まれ、ゲームオーバー。3セット目は18対21で終わってしまった。
「ゲームセット、佐知川高校兵藤くん」
 健吾と兵藤さんのゲーム終了の握手を見届けた後、私は栄明のバド部と一緒に一旦観客席を離れた。
「やってても思うけどバドの試合って一瞬だよな」
「あぁ。気付いたら終わってる…」
 みんな健吾を迎えようと思ったんだけど。
「ちょっと走りに行ってくるわ!」
 これも健吾の試合直後のパターン。勝っても負けてもだけど、試合直後のヒートアップした頭と身体を冷やすため、敢えて身体を動かして段々日常の身体に戻す作業が必要などだという。私はその健吾の後ろ姿を見て感慨しないわけにはいかなかった。
「何万回も言われてることだけど。頑張っている人を見ると自分も頑張ろうって思うよね」
「そうですね」
 その大喜くんの台詞、少し小さかったけど私は思い入れのあるものと受け取った。だから私はその話題を振ってみた。
「いのまたくんも頑張ってね。部活も恋愛も」
 動揺してる動揺してる。年下の男の子のこんな姿を見るのは愉快すぎた。
「告白はしないの? 同居なんて普通の恋人以上のことまでしてるのに」
「同居してるからこそ言いづらいんです」
「え?」
「もしフラれた場合千夏先輩が居心地悪くなってしまうんじゃないかって」
 大喜くん、チートの関係を真面目に考えてることはわかる。でも…。
「ただでさえ千夏先輩は気を遣いながら生活してるのに」
「でもちーのこと好きなんだよね」
「…はい」
「それはお付き合いしたい的な意味だよね」
 私は畳みかけてやる。
「? は、はい」
「じゃあ下心あるのに」
 お付き合いしたいってことは、そういうことだ。
「一緒に生活される方がキモくない?」
 だから私は大喜くんを撃沈してやった。なぜって。
「皆色々考えすぎだよ」
 今日の健吾のバドを見て思いつけた。
「相手がどう思うか考えるのはいいことだと思うけど。それって結局のところいのまたくんが考えるちーの考えなんだから」
 そういうことに健吾も今日まで気づけなかった。
「時にはあえて何も考えないことも大切なのよ」
 だからこの時私は自分で気づかず、大喜くんのバドを誉めていた。
「とにかくそのままじゃ君は一生壁打ちしてる人生だよ」
 大喜くんの性格はわかった。ミサンガの同志、それが得難い関係だと思ってくれている。だから私は二人を応援、大喜くんの背中を強烈に押したくなった。
「それでいいの?」
「ラリーしたいです…」
「おうっ、ファイト!」
 逆に意気消沈させちゃったかな? でも飛び跳ねるためには一度身を縮めなきゃだし。だから私は大喜くんに無責任な激励をしてやった。そして私は健吾がランニングから帰ってきたらちょっと二人にして欲しいと、監督さんに無理を言った。だからこれから記す健吾とのやり取りはバド部の皆がその場゛で確認したこと。皆で示し合わせ、健吾が高校のバドを引退するまで内緒にしていたことだった。
「オカエリ」
「何もう帰んの」
「電車の時間もあるし」
 それは半分は嘘。今日はオフ名義だから時間の融通はつく。でも私が長居すると私に甘えすぎるかもしれない。今日の口惜しさを糧にバドの健吾に戻って欲しかった。
「来てくれてありがとな」
「いや。面白かった色々」
 ちーや健吾からさんざん聞かされてた大喜くんとお話しできたし。でも去り際に言うべきは健吾のこと。だから敢えて冷たいことを言ってみる。もちろん慎重な保留を付けて。
「ねえ。イヤな質問かもしれないけど」
 健吾との関係はこんなことで壊れる時期をとっくに過ぎてる。
「やっぱり二年生じゃあれ以上勝つのは難しいの?」
「まぁそうだな。周りは三年ばっかだし健闘した方だよ」
「そっか」
 これは健吾が自分で言う言葉じゃない。それが今日の、健吾の面と向かっての私への最後の言葉なのか? 私は一世一代の大芝居を打つことにした。
「じゃあそろそろ行くね」
 私は健吾に背を向けて一歩を踏み出す。そう来ると想像はしてもそれは確実じゃない。もし想定外の行動を取ったらどうしようと、少しびくびくしたことをここで認める。でも結局私は勝った。健吾は私の背後から抱きついてくれた。
「花恋。次はもっと勝つ」
「うん」
 健吾は私に泣き言を言ってくれた。弱い所を見せてくれたことが限りなく嬉しい。
「じゃあ他の試合見て勉強してきなさい!」
「おう。気をつけてな」
「今の噓だったらデートの回数減らすからね」
 これは私の強がりだ。
「はいはい」
 健吾は安請け合いで返した。これが私と健吾の関係だ。私は来年の健吾を期待して電車に乗ることが出来た。

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